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流行歌の歌詞について

小田和正「ラブ・ストーリーは突然に」の謎 ~君僕ソング(その6)

6-1

父■オフコースを解散してソロになった小田和正は特大ヒットを放った。それが「ラブ・ストーリーは突然に」(作詞、小田和正、1991年)。

小田和正ラブ・ストーリーは突然に」歌詞→ https://j-lyric.net/artist/a04a641/l00330a.html

娘□タイトルの意味がよくわからない。

父■『東京ラブストーリー』というテレビドラマの主題歌だから、そこから来ているんだろう。

娘□それは知ってる。レンタルで見たことあるよ。でも、なんかおかしなタイトルじゃない?「ラブ・ストーリーは突然に」って。これって「ラブ・ストーリーは突然に始まった」という文を省略したものだと思うけど、ストーリーって、後から見返したときに一定のまとまりがあるものとして見出されるものでしょ。まとまりっていうのは因果関係の連鎖でできている。出会いは突然でもいいけど、その時点では先のことはわからない。ストーリーにまで発展せず終わってしまうかもしれない。「突然」というのは出会いの段階の衝撃のことで、つまりは「点」。それに対して全体を俯瞰して見えてくる「ストーリー」は「線」。「点」と「線」という次元の違うものが瞬時に結び付けられているところが落ち着きのなさの原因かな。

父■「突然」というのは歌詞にも関わってくることだからね。ラブ・ストーリーが突然に始まったということなら、それはいつ始まったんだろう。

娘□〈あの日あの時あの場所〉からかな? 〈あの〉が三段重ねされていて、サビにもなっている。

父■〈あの日あの時あの場所〉って、なんだかとても的を絞った示し方だよね。よほど印象が深かったのかな。記念日にしてもいいくらいだ。

娘□よくアニメなんかで、学校に遅刻しそうになって食パンをくわえたまま走っていて交差点で出会い頭にぶつかって転ぶっていうシーンがあって、学校についたらぶつかった相手が転校生として紹介されて「あ、あいつだ」ってことになるのが、あたしの〈あの日あの時あの場所で 君に会えなかったら〉というイメージなんだよね。

父■絵に描いたような唐突さだね。無数の恋愛対象の中から、運命の一人をスルーしないようにマーキングしておく。それが特殊な出会い。運命は事前に予告されているというのは、恋愛ドラマの定石だよね。交差点でぶつかったことは相手を印象づけることになるけど、それで恋に落ちるわけじゃない。むしろ「気をつけろコンニャロー」みたいにマイナスの印象。知らない相手と出会った瞬間に恋に落ちるというのは、かなり特殊なことだと思う。

娘□『東京ラブストーリー』というテレビドラマは社内恋愛を描いたもので、くっついたり別れたりを繰り返していた。突然始まる恋愛じゃなくて、恋愛感情が熟成されるまでに時間がかかっている。冒頭でカンチとリカの二人は出会うんだけど、カンチは就職のため愛媛から飛行機で上京し、先輩社員のリカが空港で出迎える。国内線なのにボードをかざして大きな声で名前を呼ばれるから恥ずかしいし、名前も完治で「カンジ」なのに「カンチ」と間違えられて以降もそれを押し通される。しかも着くなり倉庫に連れて行かれ荷降ろしを手伝わされる。カンチは冒頭からエキセントリックなリカのペースに振り回される。〈あの日あの時あの場所で 君に会〉ったわけなんだけど、そのときは一目惚れには程遠かったから「突然」始まるラブストーリーというわけではないし、社内恋愛でその後も仕事の関係で何度も顔をあわせることになるから〈あの日あの時あの場所〉を逃しても〈僕等はいつまでも見知らぬ二人のまま〉ということにはならない。

父■ドラマの二人も突然燃え上がってラブ・ストーリーが始まるわけではなかった。まあドラマの内容と主題歌の内容がぴったり一致していなくてもいいんだけどさ。歌は歌で自律性があるわけだし。では、歌としては、〈あの日あの時あの場所で〉突然ラブ・ストーリーが始まったという理解でいいんだろうか。それを検討する前に歌詞の全体の理解を深めておく必要がある。

 

6-2

父■この歌詞は何が言いたいのか、初めのうちはよくわからなかったけど、じーっと見ていたら、あ、そうか、言葉がテーマなんだということがわかった。言葉に苦労した小田和正らしい歌詞だなと。

娘□どういうこと? ふわふわしていて、あまり構築的な歌詞じゃないと思ったけど。比喩に一貫性もない。例えば、〈君のためにつばさになる君を守りつづける/やわらかく君をつつむあの風になる〉とあるけど、君の〈つばさ〉になりたいのか〈風〉になりたいのか、どっちなのって思う。〈つばさ〉と〈風〉は近接した関係にあるけど、別物でしょ。それと、〈つばさ〉になることがどうして〈君を守〉ることにつながるのか。〈つばさ〉って、ふつうは冒険的なことに結びつくと思うけど。旅立ちとか。

父■〈つばさ〉が生えて空を飛んで〈風〉が生まれるというふうに発展してるんじゃないかな。〈風〉はソフトに〈君をつつむ〉ものだから守っていることになる。

娘□他にも、〈君があんまりすてきだから/ただすなおに好きと言えないで〉というのは、〈好き〉という〈ありふれた言葉〉では伝えられないほどの思いを抱いているということでしょう。君のことが結構好きだっていうことはわかるんだけど、そのあとで〈明日になれば君をきっと今よりもっと好きになる〉なんて言っていて、まだ好きになる余地が残っているみたいなのよね。これも、どういうことなのって思うところ。もし「突然」出会って、一目惚れしたとしたら、そういう場合は出会った瞬間がピークであとはだんだん幻滅していくものだから、逆に、だんだん好きになっていくような言い方もしっくりこない。それと、〈あの日あの時あの場所で 君に会えなかったら〉というロマチックなことを言うので、二人は固く結びついているかと思いきや、そうでもないみたいなのよね。〈君〉は〈誰かが甘く誘う言葉にもう心揺れたりしないで〉とフラフラしているところがある。これも結局、〈あの日あの時あの場所で〉の出会いに運命を感じていたのは〈僕〉だけで、その感動は〈君〉は共有していなかったっていう証拠だと思う。

父■これがどういう歌なのかというところからまず見ていこう。実際、何についてそう言っているのかというスキームがわかりにくい。まず最初は、〈何から伝えればいいのか分からないまま時は流れて/浮かんでは消えてゆくありふれた言葉だけ〉と始まる。

娘□この歌じたい、〈分からない〉で始まっているのね。〈浮かんでは消えてゆく〉っていうのもあぶくみたいで、出だしからはっきりしない。

父■何度か読み返さないとわかりにくいんだけど、ここで言っているのは、この二人は長いつきあいがあるけど、男性の方は女性を好きだっていう気持ちを伝えられていないということだね。君をうんと好きだっていう気持ちをうまく言語化できない。〈浮かんでは消えてゆくありふれた言葉だけ〉というのはどういう言葉なのかというと、次に〈君があんまりすてきだから/ただすなおに好きと言えないで〉とあるように、〈好き〉という言葉なんだね。自分の気持ちを素直に言うと〈好き〉になる。〈ありふれた言葉〉は〈すなお〉な言葉でもある。

娘□そういえば「Yes・No」でも似たようなこと言ってなかった?〈ことばがもどかしくて うまくいえないけれど/君のことばかり 気になる〉って。

父■出来あいの言葉なんかじゃこの気持は表せないってことなんだろうね。

娘□思いの強さに見合う言葉がないって言葉のせいにするのはボキャ貧の人にありがちな発想よね。

父■まあ、たしかにそうだけど、この人はそれなりの解決方法をみつけたみたい。その前に相手の女性の方にふれておくと、好きな気持をはっきり伝えてもらえないから、他の人によろよろしていた。〈誰かが甘く誘う言葉に(…)心揺れたり〉していた。〈君を誰にも渡さない〉とあるから、他の人のものになる危険があったんだね。それが、男性の方がようやく何か気の利いたことを言ったものだから、〈今君の心が動いた〉というふうに女性の心が転回した。

娘□何か気の利いたことを言ったって、なんて言ったの?

父■この部分の歌詞はこうなっている。

 

誰かが甘く誘う言葉にもう心揺れたりしないで

切ないけどそんなふうに心は縛れない

明日になれば君をきっと今よりもっと好きになる

そのすべてが僕のなかで時を超えてゆく

 

〈明日になれば君をきっと今よりもっと好きになる〉という文がヒントになる。結局この人は、〈好き〉っていう言葉以外に思いつかなかったんだけど、〈好き〉以外に思いつかないからそれを強めていったんだ。もっと好き、もっともっと、と。質では違いを表せないから、量を増やす。明日は今日より〈もっと好きになる〉、日を追うごとにどんどん〈好きになる〉。〈好き〉が重なっていく。〈ありふれた言葉〉ではあっても〈好き〉の量がどんどん増えていくと、質的に違うものに変化してくる。それをなんと言えばよいのかというと、この歌詞の中から探せば、「守る」ということかな。〈君のためにつばさになる君を守りつづける〉ってあるでしょ。その〈守りつづける〉が、〈好き〉の進化形だと思う。さっきもふれたけど〈やわらかく君をつつむあの風になる〉というのは、風になって守っているんだね。〈好き〉は自分の一方的な気持ちに過ぎないけど、「守る」は相手を大切にするっていうことでしょ。利己から利他へ変化している。

娘□ふうん。「好き」から「守る」へ、か。男の思いつきそうなことだって気がするけど。べつに守って欲しいとか言ってるわけじゃないでしょ、この女性は。勝手に騎士ぶって盛り上がってる。

父■それと、微妙な点だけど、〈守りつづける〉の〈つづける〉。これって時間的に継続されていくことだよね。〈もっと好きになる〉が〈もっと〉という量的な変化だとすれば、〈守りつづける〉は〈つづける〉という時間的な持続だ。量的な変化が時間方向にも拡張している。〈明日になれば君をきっと今よりもっと好きになる〉のあとは〈そのすべてが僕のなかで時を超えてゆく〉とつながっていて、ここにも〈時を超えてゆく〉という表現が出てきている。〈時を超えてゆく〉っていうのは、いつまでも続いていくということだね。〈君〉が好きという気持ちは、〈あの日あの時あの場所〉が全ての起点、始まりで、そこから始まって、この先もずっと永遠に続いていく。量的な変化は時間的な継続に移行する。君をもっともっと好きになっていく気持ちは、最初は右肩上がりでぐんと増えていき、やがてなだらかな高原のようになっていく。

娘□〈そのすべてが僕のなかで時を超えてゆく〉の〈そのすべて〉が好きになる気持ちだったらそういう解釈でいいかもしれないけど、〈そのすべて〉って〈君〉のことじゃないのかな?〈君〉の存在は〈僕〉にとって永遠だみたいなことじゃない? 女性崇拝というか女神扱いしてるんだと思う。〈もっと好きになる〉とか〈守りつづける〉とかエラそうなんだけど、そういう態度と女性崇拝は矛盾してない。要は対等に見てないってことだから。上げるか下げるかしてるのよ。

父■うーん、そういうところはないとは言い切れないけど、この歌ではかなり抑えられていると思うよ。

 

6-3

父■この歌は、「友達以上恋人未満」の女性に長年の恋心をようやく伝えることができた男性の喜びの歌っていうことなんだと思う。〈君のためにつばさになる〉とか言って盛り上がってるのも、自分の気持ちが伝わって躁的な気分になったんじゃないかな。

娘□〈今君の心が動いた〉だけなのに、すっかり自分の女にしたつもりなのね。

父■〈君のためにつばさになる君を守りつづける/やわらかく君をつつむあの風になる〉というところには「ソフト騎士道」とでも言うべき高揚感があるね。

娘□一方的に相手を守る献身というか奉仕って非対称な関係よね。女性の書き手だったら、こういう比喩は、仲良しのつがいになりたいとか、おしどりになりたいといった対称的な関係になると思うな。

父■何から守るかというと、悪い虫から守るんだね。〈誰かが甘く誘う言葉に心揺れたりしないで/君をつつむあの風になる〉という組み合わせもあるから。悪い誘いを遮断するバリヤーになっている。

娘□〈やわらかく君をつつむあの風になる〉ってウットリするようなことを言うけど、実際どういうことなのか。

父■まあ、それはくどき文句だからさ。現実に対応するような意味はないよ。

娘□言葉をそのまま真に受けて期待したら肩透かしをくらうわけね。

父■実は〈僕〉も、そのとき「甘い言葉」を言えたわけだね。それも含めて、この歌は言葉がテーマだから。〈僕〉の心の変化は全て言葉によってもたらされている。〈僕〉は〈何から伝えればいいのか分からない〉と悩み、〈ありふれた言葉〉しか思い浮かばないと悩み、〈ただすなおに好きと言えないで〉悩む。「何を」「どう」伝えればよいのかわからないんだね。

娘□相手のことがすっごい好きで、それをどう伝えたらいいか表現を悩んでいたっていうことか。〈好き〉という〈ありふれた言葉〉ではガキっぽいしストレートすぎるから、もっと深みのある洒落た言い回しを探してたのね。類義語辞典でも引けばよかったのに。

父■自分にもちょっと自信がなかったのかもしれないね。そういう〈すなお〉な言葉しか言えない〈僕〉とは対照的に口のうまいやつがいて、その〈誰かが甘く誘う言葉〉に女性はよろめく。

娘□甘い言葉は作りものの言葉で、ありふれた言葉は素直な心から出た言葉っていう対比ね。巧みな偽物に騙されてはいけない、素朴であっても真心のある方を選べってことね。

父■さっき掲げた歌詞をもう一度見てみよう。こうなっていたね。〈誰かが甘く誘う言葉にもう心揺れたりしないで(…)明日になれば君をきっと今よりもっと好きになる〉。誰かが囁く甘い言葉に対抗できるのは素直な言葉なんだけど、それだけだと素朴すぎるから、〈もっと好きになる〉とアピールしているんだ。

娘□たんなるラブソングかと思ったら、ライバルをやっつける戦略も隠されていたのね。ただ、〈もっと好きになる〉って、失礼な言い方じゃない? 今がピークであとは冷めていくだけ、っていうよりもいいと思ったのかな。〈君〉の魅力的なところをどんどん発見していくっていうことなのか。あるいは魅力的な面をもっと見せてくれということなのか。

父■〈好きになる〉のが止まらない、ということを〈もっと好きになる〉と言っているんだと思うよ。それで、言葉についてだけど、〈今君の心が動いた言葉止めて肩を寄せて〉というところがあって、〈僕〉の熱意のある言葉でようやく〈君の心が動いた〉んだけど、この人はおそらく言葉じたいには期待してないから、そこで〈言葉止めて〉抱き寄せたんだな。言葉より身体の方を信用している。精一杯のことは言ったので、これ以上はうまいこと言えないという、言葉に対する無力さもほの見える。

娘□〈今君の心が動いた〉っていうのはちょっと笑っちゃう。「やった、山が動いた!」みたいな。でもさ、何をもって「心が動いた」と言っているのかしら。人の内面の変化を外見から判断したってことでしょ。ちょっと表情が変わったってことかな。例えばお芝居なら、役者さんは「心が動いた」ことをどういう演技で表現するのかなって思う。脚本のト書きで、「太郎の言葉に、花子は心を動かされた」って書いてあったら、その変化はどう表現されるの?

父■オフコースのときの「愛を止めないで」にも同じような状況が書かれているよ。〈ぼくが君の心の扉を叩いてる/君の心が そっとそっと揺れ始めてる〉って。そういう「お、今ちょっと心を動かしたな」って相手を観察している人なんだね。外見から内面を推測している。それが正しいかどうかはわからないけど、疑ってもいない。

娘□〈今君の心が動いた〉っていうのは、描写ではなく説明よね。そう説明されてるんだからそうなんだっていう。

父■この歌はだいたいそういう感じの歌だからね。例えば〈誰かが甘く誘う言葉〉って言っても、一般論では想像できるけど、具体性はない。僕の嫉妬が混じっている。〈多分もうすぐ雨も止んで二人たそがれ〉という描写がちょこっと入るのでホッとするけど、これはドラマのスチールでも見せられたのを取り入れたのかもしれない。

 

6-4

娘□「ラブ・ストーリーは突然に」の「突然」って、〈あの日あの時あの場所〉のことなのかということなんだけど。

父■さっきは「ストーリー」と「突然」の組み合わせは相性が悪いし、ドラマの内容とも違うという話をしたね。

娘□歌詞をよく読んだら、歌詞じたいの整合性という観点からしても〈あの日あの時あの場所〉っていうのを「突然」だとすると、そこからラブ・ストーリーが始まっていることにするのはおかしいと思う。

父■歌詞じたいにもそういう要素があると。

娘□〈あの日あの時あの場所〉をもって「突然」と言うなら、その一方で、〈何から伝えればいいのか分からないまま時は流れて〉と言っていることと矛盾してくる。だって、〈時は流れて〉というのは、それなりの時間の経過を意味しているでしょ。突然始まったというより、長いあいだ火がついてなかったってことよね。ラブ・ストーリーというからには〈君〉も巻き込んでいる必要があるけど、これはそれ以前の段階で、ひとり〈僕〉の気持ちだけが空回りしている。「突然」の瞬間とラブ・ストーリーの起点は同じではなくズレがある。

父■〈あの日あの時あの場所で君に会えなかったら/僕等はいつまでも見知らぬ二人のまま〉=(a)という状況と、〈何から伝えればいいのか分からないまま時は流れて〉=(b)という状況が二つながら成り立つのは一体どういう場合だろう。(a)という偶発的な出来事によってもたらされた状況が、(b)のように不本意なかたちであれ安定的に存続しているのはどういう場合なのか。例えば街角で見知らぬ男女が出会ったような場合は(a)の条件は満たすけど、(b)の条件は満たさない。ナンパならすぐ口説き始めるだろうから、〈何から伝えればいいのか分からないまま時は流れて〉なんてことはありえない。じゃあ、合コンならどうか。これは(a)も(b)も満たしそうだ。連絡先を交換してどうということのないやりとりをしていただけであまり進展がなかったような場合。でも、恋愛が目的なので〈何から伝えればいいのか分からない〉というのもしっくりこない。

娘□たしかに、〈何から伝えればいいのか分からないまま時は流れて〉というグズグズした時間が許されるのは、恋愛以外の理由でお互いが近くにいることができるからよね。近くにいるから気持ちを伝えることに焦ることはなく、先延ばししてしまう。近くにいるから焦ってはいないけど、かといってどうでもいいわけではなく、その人へのこだわりがある。それってどういう関係なのかな。友達? 同じ会社の人? というのも無理があるか。

父■ちょっと例が思いつかないんだよね。〈あの日あの時あの場所〉っていうのは、字義どおりとらえるよりは詩的誇張だととらえたほうがいいかもしれない。

娘□どういうこと?

父■こまかく限定する方向での誇張ね。〈あの日あの時あの場所〉を厳密に考えると袋小路に入っちゃうし、傍からみていると、そういうこだわり方は滑稽に見える。歌だから〈あの、あの、あの〉っていうのは口調の良さで選ばれたんだろうって、多くの人は思っているのではないか。この歌詞の意味の密度からみても「あの時君に会えなかったら」で十分だと思う。「あの時」で済むのに、それを〈あの日あの時あの場所〉と微分することの理由が歌詞の中に見当たらない。

娘□歌詞の外側、受容のされ方も含めて考えれば、〈あの日あの時あの場所で君に会えなかったら〉というのは、運命の出会いを期待する聞き手にとっては共感ポイントじゃないかな。一方で、〈何から伝えればいいのか分からないまま時は流れて〉というのも、日常の惰性に流されてもがいている聞き手にとっての共感ポイントになる。でもこの二つが同時に共感ポイントとして受容できる人はまず見つからないのでは? ただ、歌を聞いているときって歌詞の聞き方は結構いい加減だから、この二つについてどちらかに共感すれば、もう一方は背景に沈むのではないかと思う。

父■詩的誇張って言ってしまえば何でもそれで説明できてしまうから「逃げ」なんだけどね。

娘□だから、そこは逃げずに、もう少し〈あの日あの時あの場所〉にこだわってみたい。〈あの〉が何を指しているかというと記憶でしょ。始まりの日付をもった恋愛、まあ片思いだけど。そこでたんに〈君〉と出会ったということだけでなく、それじたいが記憶に刻まれるようなインパクトのある出来事がともなっていないと〈あの日あの時あの場所〉にはならない。そうでなかったら〈あの日あの時あの場所で君に会えなかったら/僕等はいつまでも見知らぬ二人のまま〉なんてもったいぶった言い方は必要なく、たんに〈君に会えなかったら/僕等はいつまでも見知らぬ二人のまま〉でいいじゃん。

父■〈あの日あの時あの場所〉という熱のあるフレーズと、〈君に会えなかったら/僕等はいつまでも見知らぬ二人のまま〉という平熱のフレーズが組み合わさって微妙なねじれを生んでいる。

娘□〈君に会えなかったら/僕等はいつまでも見知らぬ二人のまま〉だけだったら、そんなの「あたりまえ」よね。二人が出会わなければ〈見知らぬ二人のまま〉なのは当然。トートロジー。もしこれが「僕等はいつまでも他人どうしのまま」とかだったら、情報が増えるんだけど。〈君〉とは他人ではない関係になっていることを前提にするから。で、平熱のフレーズにプラスされた〈あの日あの時あの場所〉という言葉が、その瞬間を特別なものであると伝えている。〈君〉と出会ったから〈あの日あの時あの場所〉が特別なものになったということはあるにしても、それ以上に、〈あの日あの時あの場所〉がそもそも特別な何かだったから、〈君〉との出会いも特別なものになった。

父■〈君〉と出会えたから〈あの日あの時あの場所〉が特別なものになったというんじゃなくて? その瞬間をのがすと出会えなかったような二人が出会えた運命的な偶然。

娘□いつどこで出会っても〈あの日あの時あの場所〉という聖なる瞬間になりうる。その偶然を記念日にしたり、思い出の店にしたりはあるけど、〈あの日あの時あの場所〉ってきざみ過ぎなのよね。そこには〈君〉と出会ったこと以上の何かがあったように思えるのよ。何か重要な瞬間としてピンどめされている。

父■それはどういう場合なの?

娘□例えば交通事故とか。

父■交通事故?

娘□〈あの日あの時あの場所〉と言うのに一番ふさわしいのは交通事故でしょ。事故と言っても大怪我をするわけじゃなくて小さい事故ね。その加害者と被害者として知り合う。事故は事故として銘記され、同時にそれは二人を引き合わせた出来事という意味も持つ。

父■まさに、食パンくわえて曲がり角で「ドーン!」だね。ぶつかった痛みとセットで相手が印象づけられる。

娘□そうして出会った二人は別に恋愛を前提に出会ったわけではないから、なかなか恋愛モードを出しにくく〈何から伝えればいいのか分からないまま時は流れて〉しまったと。

父■そういうレアケースを歌った歌なのか。他にどういうケースが考えられるか募集したいね。

娘□いずれにせよ、〈あの日あの時あの場所〉で出会えて感激しているのは〈僕〉だけで、〈君〉はその気持を共有していない。ラブ・ストーリーというからには二人の関係性が必要だから、〈あの日あの時あの場所〉ではまだラブ・ストーリーは始まっていなかったと言えると思う。ずっと続いていたのは〈僕〉の片思い。「突然」なのは一目惚れのことだったらわかる。

父■三原順子に「だって・フォーリンラブ・突然」(作詞、横浜銀蝿、1982年)というちょっと流行った歌がある。

娘□「ラブ・ストーリーは突然に」ではなく、「フォーリンラブは突然に」というタイトルならわかる。恋に落ちるのは「突然」だから「フォーリンラブ」と「突然」の結びつきは相性がいい。

父■ただ、「だって・フォーリンラブ・突然」は女性側の視点の歌で、恋人ではない男にドライブに誘われて海に行き、〈ちょっといいムードに負け(…)フォーリンラブあなたに夢中〉になったという内容で、男の方は十分その気があって誘っていて、なかなか女性の方がなびかなかったんだね。でも〈もういい私の負け〉と陥落した。

娘□あ、そのフォーリンラブって「ラブ・ストーリーは突然に」で言えば、〈今君の心が動いた〉に相当するって言いたいわけ?

父■そうそう。まあ、言葉がもどかしくてもじもじしている感じだから海に誘うほどの積極性はないんだけどね。逆に言えば、言葉だけで勝負してるのがエラい。

娘□お父さんって、すぐ話を脱線させるよね。〈あの日あの時あの場所〉で出会えて感激しているのは〈僕〉だけで、〈君〉はその気持を共有していないんじゃないかということに話を戻すね。さっき、〈あの日あの時あの場所で君に会えなかったら/僕等はいつまでも見知らぬ二人のまま〉という部分について話したじゃない? そこって、ある意味正しい認識が書かれていると思う。あの日あの時に出会えたことで〈見知らぬ二人〉ではなくなったというんでしょ。あの日あの時から恋愛関係が始まったとは言っていないのよ。たんに〈見知らぬ二人〉ではなくなっただけで恋人ではない。ラブ・ストーリーの起点ではない。それを自ら吐露しているのよ。

父■なるほど。でもそういう前後の文脈というのはいわば状況証拠だよね。それに加え、〈あの〉の使い方の説明も必要だよ。ふつう〈あの日あの時あの場所〉のように〈あの〉を使う場合は、二人がそれを特別なものとする共通した記憶を持っているからと考えるからね。会話の中で「あれ」とか「あの」とかの遠称を使う時、それが指す対象は目の前にない遠くにあるもので、記憶の中にあるものにも使う。二人で会話している場合は、お互いが共有している記憶があるものについて「あれ」や「あの」が使える。だから、〈君〉が〈あの〉を共有していないというのは、その点では無理があるかも。

娘□それが原則だけど、『日本語の大疑問』(国立国語研究所編、幻冬新書、2021年)という本が売れていて、それを読んだらこう書いてあった。

 

「「あれ」は、話し手と聞き手の共有知識を指し、そのことによって2人の共感を高めることができるのです。ただし(略)とても強い思い入れを表したいときには、例外的に、聞き手が知らなくても「あれ」が使えることがあります」(143頁)

 

 これってまさに今話していることが書かれていると思うの。〈あの日あの時あの場所〉の〈あの〉は〈君〉と〈僕〉の「共有知識」ではなく、たんなる〈僕〉の「強い思い入れ」と解釈できる。だって、その時点では〈君〉に恋心は生じていなかったから〈あの〉は〈君〉の記憶に残りようがない。気持ちを共有できない。

父■その「強い思い入れ」の場合の例文は掲げられている?

娘□あるわ。「このあいだ喫茶店でケーキを食べたんだけど、あれ、本当においしかったなあ!」

父■それってほとんど独り言だよね。

娘□そう。だからこの歌詞も〈僕〉の「独り言」ということになる。この本にも遠称は独り言でも使えるってあるわ。(141頁)

父■〈あの日あの時あの場所で君に会えなかったら〉というのは独り言か。ということは、この歌の言葉は全て〈僕〉という語り手の独り言ということになるね。独り言というか心内語。頭の中でそう思っているだけで、口に出したわけではない。だとすると〈あの日あの時あの場所〉というのは、ちょっと思い込みが激しくて滑稽な感じがするね。

娘□〈あの日あの時あの場所〉でなければ、いつラブ・ストーリーが始まったのかというと、〈今君の心が動いた〉とある、その時ね。〈君〉の心が動いたときにラブ・ストーリーという合作が開始される、というか、開始しうる。

父■〈君〉もフォーリンラブしたときだね。〈今君の心が動いた〉というだけではちょっと微妙だけど、歌詞の中から探せば、相当する言葉はそれしか見当たらない。

娘□まとめると、〈あの日あの時あの場所〉は〈僕〉にとってのフォーリンラブで、ラブ・ストーリーが始まったと言えるのは、〈君〉もフォーリンラブしたと考えられる〈今君の心が動いた〉ときから。ラブ・ストーリーって二人の気持ちが一緒じゃないと成立しない。ラブ・ストーリーの「突然」さは、〈今君の心が動いた〉の〈今〉で表現されている。