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流行歌の歌詞について

Uru「あなたがいることで」だまし絵の歌詞 ~君僕ソング(その8)

娘□これまで読んできたフォークとかニューミュージックとか「ルビーの指環」とかって4,50年も前の歌でしょ。最近の歌では人称代名詞はどうなっているのかな。このところ、Uru「あなたがいることで」(作詞、Uru、2020年)が好きでよく聞くんだけど。

Uru「あなたがいることで」歌詞→ https://j-lyric.net/artist/a04b107/l04f281.html

父■ああ、テレビドラマの主題歌になってたやつだね。

娘□『テセウスの船』というミステリーで、過去にタイムスリップして歴史を変えようとするもの。自分の父親が大量殺人の犯人として服役中で、息子が事件の直前にタイムスリップする。

父■『僕だけがいない街』とか『東京リベンジャーズ』とかもヒットしたけど、なんでそういう不思議な現象がうまい具合に起こったのかは説明されない。

娘□そういう能力を持った人だからじゃないの?

父■それは説明すべき事柄を一つ先送りしただけ。

娘□そういう野暮な詮索はしないで楽しむものなのよ。

父■たしかに大量殺人は重大だけど、隠されているのは犯人の動機や方法だけで人間の理解の範囲に収まる。それに比べタイムスリップが起こったことのほうがあらゆる法則を覆す大事件。でもそこにあんまりこだわらず、身の周りの問題の方が重要だってなっちゃう。

娘□設定は前提として受け入れないと。

父■昔はマッドサイエンティストとかがいてへんな装置を発明したとかという、いい加減だけど説明はあった。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とか。今はそれも省略されている。靄に包まれたり気を失ったりして簡単に時間を遡る。

娘□なんでタイムスリップしたかなんて誰が考えてもそんなに新しいことは思いつかない。ある日突然そういうことが自分の身に降り掛かったらどういう行動をするかという思考実験なのよ。タイムスリップの仕方じたいに関心があるのではなく、タイムスリップしたあとで何をやるかに関心があるんだから。

父■歌の話に戻すと、この歌はタイトルからしてそうなんだけど、歌詞にもよく〈あなた〉が出てくる。数えてみたら〈あなた〉が9回、〈僕〉が7回あった。他に〈僕ら〉が3回。

娘□そんなにあるんだ。

父■特徴的なのが次のようなところ。

 

・不器用な僕だけど ちゃんとあなたに届くように

・僕はずっとあなたを想うよ

・あの日僕にくれたあなたの笑顔が

・あなたが僕を信じてくれたように

・いつか僕に話してくれた あなたが描いた未来の中に

 

 これらは〈僕〉と〈あなた〉が出てくる位置が近いよね。〈僕〉と〈あなた〉がセットになっている。それで出現率が高くなる。後半になると二人が融合して〈僕ら〉が何回か出てくるようになる。

娘□あらためて言われると〈僕〉や〈あなた〉が耳につくようになる。〈僕〉や〈あなた〉を入れる必要性がどこまであるのかなって。少ない文字数の中で同じ語が繰り返されると気になる。省略できるところがないか見てみるね。えーと、例えば出だしのところ。

 

どんな言葉で/今あなたに伝えられるだろう

不器用な僕だけど/ちゃんとあなたに届くように

 

 これは〈僕〉と〈あなた〉を全部取っ払って、

 

どんな言葉で/今伝えられるだろう

不器用だけど/ちゃんと届くように

 

 としてもほとんど意味を違わずに伝わる。次も同じね。

 

もしも明日世界が終わっても/会えない日々が続いたとしても

僕はずっとあなたを想うよ

 ↓

もしも明日世界が終わっても/会えない日々が続いたとしても

ずっと想っている

 

あの日僕にくれたあなたの笑顔が/生きる力と勇気をくれたんだ

 ↓

あの日の笑顔に生きる力と勇気をもらった

 

あなたが僕を信じてくれたように/次は僕がその手を強く握るから

 ↓

あなたが信じてくれたように/次は僕がその手を強く握るから

 

父■登場人物は〈僕〉と〈あなた〉だけだから、大胆に省略しても意味は伝わる。文字数が空くので違う言葉を入れられる。

娘□〈僕〉と〈あなた〉が多いのは、極端なことを言えば、何か内容のあることを言いたいというよりは、〈僕〉と〈あなた〉という二つの言葉を入れたかったからってことなのかも。

父■たしかに、小坂明子の「あなた」(作詞、小坂明子、1973年)のように、〈あなた〉と繰り返すだけで歌になる歌もある。他にも、〈あなた変わりはないですか…あなた恋しい 北の宿〉という都はるみ「北の宿から」(作詞、阿久悠、1975年)みたいな歌は、〈あなた〉という呼びかけに最大の情感が込められる。

娘□そういう歌は2文字の〈君〉より3文字の〈あなた〉のほうが歌になるわね。〈君〉の母音は2つとも「i」で軽薄な感じなのに、〈あなた〉の母音は3つとも「a」で、歌うとき気持ちを乗せやすい。

父■〈あなた〉の発展形なのかな、80年頃だけど、女性名を歌い込む歌がいくつもヒットしたんだ。「SACHIKO」(ばんばひろふみ、1978年)、「いとしのエリー」(サザンオールスターズ、1979年)、「安奈」(甲斐バンド、1979年)、「順子」(長渕剛、1980年)なんかがそうだ。

娘□サチコやジュンコは和風で、エリーやアンナは洋風ね。下着の広告のモデルってたいてい外人さんじゃない。日本人だと妙に生々しくなっちゃう。それと同じで和風の名前を歌われるのって同級生っぽいというか生活感が出ちゃう。

父■ヨーコ、ユーコ、アケミという名前の歌もあるけど、あだ名や源氏名みたいに軽いほうが歌にはいいかもね。

娘□自分の名前の歌が流行ったらさんざんはやしたてられそうで迷惑すると思う。

父■「サッちゃん」(作詞、阪田寛夫、1959年)は、〈ちっちゃいから〉という理由でいろいろ制限されるんだけど、替え歌にして「○○ちゃんはね」ってよく歌った。「おーい中村君」とか「山口さんちのツトム君」とか、全国の中村さんや山口さんはさんざんからかわれただろう。しつこいとうんざりするよね。倉沢淳美の「プロフィール」(作詞、売野雅勇1984年)という歌は〈アツミ アツミ 呼び捨てにして〉というものだったけど、本人に向かって歌っていたやつがいたな。

娘□脱線してきた。

父■省略についての話に戻そう。人称代名詞ではなく別の角度からの省略だけど、〈弱さを見せないあなたが 初めて見せた涙〉というのは、たんに〈あなたが初めて見せた涙〉で十分じゃないかな。〈初めて〉と言うだけで、これまで〈弱さを見せない〉人だったということはわかる。〈目が合えば笑って 一緒にいれば楽しくて〉というのも〈一緒にいれば楽しくて〉という説明はいらないよ。〈目が合えば笑って〉いるなら、一緒にいて楽しいということは確実だからね。

娘□省略の文学っぽい見方ね。

父■同じような印象をもたらす言い方もいくつかある。〈共に過ごした毎日は かけがえのないものだった〉というのと〈通り過ぎてきた何気ない日々の中に 僕らの幸せは確かにあった〉というのは同じことでしょ。〈明日が見えなくなって〉とか〈もしも明けない夜の中で〉みたいな似たような言い方もある。この歌は似たようなことを反復している。

娘□冗長ってこと? それはそれでいいんじゃない。言いたいことを、少しずつ言い方を変えて言うのが言葉の芸でしょ。

父■〈日〉という言い方も好きなんだな。〈会えない日々、あの日共に過ごした毎日、何気ない日々、笑える日〉などと出てくる。生活とか暮らしということなんだろうけど、ぼんやりした言い方だよね。〈明日〉も3回出てくる。〈明日が見えなくなって、もしも明日世界が終わっても、どんな明日も〉

娘□この歌は韻を踏むように同じ語尾を反復しているのが特徴なのよね。

・明日が見えなくなって/信じることが怖くなって

・もしも明日世界が終わっても/会えない日々が続いたとしても

・目が合えば笑って/一緒にいれば楽しくて

父■そうだね。今あげたのは技法として意図的にやっているよね。

娘□ラップがこれだけ流行ってるから、語尾で洒落っ気をだそうと思わない人はいないでしょう。

父■この歌で二人の関係をよく表している一語があるね。何だと思う?

娘□ん? 〈一緒に〉? 2回出てくるわよ。同じような意味で〈僕ら〉もあって、こちらは3回。

父■〈一緒に〉や〈僕ら〉って対等な二人って感じだよね。この二人の関係って対等なのかな? ちょっと意外に思うかもしれないけど、〈あの日僕にくれたあなたの笑顔が/生きる力と勇気をくれたんだ〉みたいに、この歌には5回も〈くれた〉が出てくるんだよ。

 

1 僕を愛し続けてくれた人

2 あの日僕にくれたあなたの笑顔

3 生きる力と勇気をくれた

4 あなたが僕を信じてくれたように

5 いつか僕に話してくれた

 

 これは二つに分けられるね。2と3は、相手が自分にモノやコトを与える場合。1,4,5は補助動詞で、「てくれる」の形で相手が自分に何かする場合。1から5まで、どれも〈あなた〉が〈僕〉に与えている。〈僕〉は〈あなた〉に何かしてもらっていると引け目のように思っているのじゃないかな。

娘□言われてみれば、そうかも。

父■〈僕〉と〈あなた〉はいっけん対等に見えるんだけど、〈僕〉は〈あなた〉に一方的に与えられてばかりなんだ。それがこの「くれる」の多用によく表れている。ネットの辞書を見ていたら、「くれる」について、「その行為が好意的、恩恵的になされる場合が多い」と書いてあって、この歌の場合は、相手が恩恵のつもりでそうしたというよりも、受け手の側がそういうつもりで受け取ったということだろうね。自分に恩恵として与えられたものだと解釈したわけだ。相手の心を深読みしている部分もあるだろうけど。いずれにせよ自分は与えられる一方なので、今度は自分がお返しする番だということで、〈次は僕がその手を強く握るから〉とあって、この歌はついに自分が〈あなた〉にお返しをするときがきたということをずっと歌っているんだね。

娘□あー、なるほどって思った。この歌はテレビドラマ用に書き下ろされたものらしいの。だから歌詞は物語をふまえて解釈できる。ドラマは父親と息子の絆の話が一つの軸になっていて、歌詞の〈あなた〉というのは主人公である息子から見た父親のこととして読める。そう解釈すればお父さんの今の説明は納得がいく。父親は刑務所に入っているんだけど冤罪を主張していて、〈もしも明けない夜の中で 一人静かに泣いているのなら〉という歌詞なんかはまさにそのことを言っていると思う。ふつうドラマの主題歌って、部分的にドラマの内容に寄せてみる程度のことはするけど、この歌は最初から最後までドラマの内容にあわせてある。その一方で、歌としての自律性もあって、男女の恋愛の歌としても読める。ダブルミーニングというより反転図形になっている歌詞としてみごとに成立している。

父■男女の恋愛の歌だとすると、男のほうが頼りなくて、女のほうがしっかりしていることになるけどね。草食系男子と姉御肌の女性の組み合わせ。標準的ではないけど、ありえなくはない。