Jポップの日本語

流行歌の歌詞について

中森明菜と80年代アイドルたちの口唇期

1. アイドルたちの口ポカン~聖子と明菜を中心に

1-1 主流と傍流

 YouTubeを見ていたら中森明菜のデビュー当時の動画がありまして、ずんぐりした体とあどけない顔で〈駆けるシェパード〉とか歌っているわけです。16歳のときで、来生(きすぎ)えつこ、たかおの姉弟が作った「スローモーション」です。この子はやがて随分つらい経験をすることになるだろうに、まだ何も知らないのだと思って胸が痛むわけです。

f:id:msktt:20210906210308j:plain

 80年代前半はアイドル界に松田聖子が君臨しており、その後を追う女性アイドルたちがひしめいていました。彼女たちは否が応でも聖子を意識して自らの立ち位置を決めることになります。聖子的なものに追随するか反発するか。はじめのうちは流行り(聖子)にあわせ、だんだん自分らしさをだしていくというのが無難な戦略でした。

 そうした中で、中森明菜は一馬身抜き出ていました。明菜もはじめのころは、特にビジュアル面で聖子の影響が見受けられます。一方、歌については聖子とはかなり異なりました。聖子には変化しながらの一貫性を感じましたが、明菜はシングル曲ごとのイメージの振れ幅が大きくて、それによって存在感をだそうとしたのかわかりませんが、その揺れに精神的な不安定さを感じました。

 二人の関係を喩えれば、聖子が明るい太陽だとすれば、明菜は翳りのある月という感じでした。マツコ・デラックスは「聖子ちゃんはライオン、明菜はチーター」(https://smart-flash.jp/entame/52774/1)と喩えています。他にも、カブトムシとクワガタ、フロイトユング柳田國男折口信夫とか、主流に対する巨大な傍流という関係にあると思います。

 

1-2 口ポカンの意味

 明菜のシングル・レコードのジャケット写真を見ると、あることに気づきます。デビュー曲「スローモーション」(1982年)から8作目の「サザン・ウインド」(1984年)まで、2作目の「少女A」を除き、7作全て、口がうっすら開いていて白い歯が少し見えているのです。曖昧な表情で「口ポカン」とでも言うのでしょうか、半開きというほどだらしなくはなく、口をしっかり結ぶよりも自然さを感じさせます。

ワーナーミュージック・ジャパンHP https://wmg.jp/akina/discography/single/

 

 私が子どもの頃はクラスに何人かいつも口をポカンと開けている児童がいて、学校の先生が「口を閉じなさい。口呼吸せず鼻呼吸しなさい」と注意したものです。口ポカンは口を閉じる口唇閉鎖力が弱いということで、医療関係者は「口唇閉鎖不全症」と言っています。最近の調査では、有病率は児童の3割ほどだそうです。

 本稿で述べる口ポカンはそうした症いとしての口ポカンではなく、芸能人が自分のビジュアルを考えて選び取った見せ方の問題です。(なかには口唇閉鎖不全症と思われる人もいますけれど。)

 まず、芸能人の口ポカンは、それによってどういう印象を与えたいのか、という問題を考えてみます。口をしっかり閉じている顔は、何か意志をもって口を閉ざしているかのような冷たさが感じられます。逆に、はっきり笑っている顔は、そこからただちに言葉が発せられそうな口の形をしているようには思えません。一方、口をうすく開いている顔は、語り出すための閾値が低いように思われてきます。口ポカンは、コミュニケーションをとる用意があることをほのめかしているように見えるのです。

 また、口ポカンで大事なのは、わずかであっても、唇のあいだから白い前歯(1番の歯=中切歯)をのぞかせていることです。これは写真の撮り方(顔の角度やライティング)によりますが、開いた唇のあいだに歯が見えず、暗い空洞がのぞくだけだと魅力が減衰します。

f:id:msktt:20210905200734j:plain上顎 右

 中切歯が見えると幼く感じられます。これは永久歯が生え変わる順番として中切歯が早く生え変わるので、大きく目立つことによるからでしょうか。大きい中切歯は幼さにつながり、無心さ、純粋さを表現しているようにも見えます。一方で、口ポカンはしまりがない顔とも受け取れるので、緩さを見せて誘っているかのようにも見えます。両義的な表情なのです。

 女性アイドルの表情というと屈託のない明るい笑顔が定番ですが、彼女たちもいつも元気でニコニコ笑ってばかりいられるわけがありません。そのため、笑顔には、どこか無理している作り物といったイメージが付随することになります。作為があるために本当のところを隠している、防衛的な表情のように見えます。アイドルに親しみを感じれば感じるほど、その笑顔は仮面をつけているようなよそよそしさ、拒絶の身振りが感じられることになります。そうしたとき、警戒を解いた顔をふと見せられると、仮面をはずしたその人の生の顔を受け取ったように感じられるのではないでしょうか。そのような、あえて油断をしてみせた顔が、口ポカンなのだと思います。これがアイドルの素顔であって、カメラを意識して自己演出している笑い顔は作り物の顔なのだということです。

 民俗学的に言えば、笑顔は非日常の「ハレ」の顔で、口ポカンは飾らない普段の「ケ」の顔です。アイドルは大勢に見られることが仕事なので、いつも「ハレ」の顔を見せています。人目を気にしないときが「ケ」の顔です。「ケ」の顔では無理に口角を持ち上げる必要はありません。口元を緩めていることができます。テレビで歌い終わったあとにホッとして表情が弛緩し、口ポカンになるときがあります。もちろん、それ自体、緊張ー弛緩という緩急をつけるための作為的な演出のひとつでしょう。ですが受容者はそこに素の部分にふれたという意味を見出します。口ポカンは笑顔を作らないことに意味があります。笑顔の欠如、沈黙する表情というゼロ記号として意味作用をもった表情なのです。そして、笑顔とその不在という二項対立において、表現の一角を占めていくことになります。

 

1-3 口ポカンの系譜

 先ほど、中森明菜のシングル・レコードのジャケット写真には口ポカンが多いと指摘しましたが、その元ネタは松田聖子だと推測されます。松田聖子を図像的に見ようとするとその髪型にばかり注目が集まりますが、実は口を図像的にどう見せるかという点においてもこの人は画期的なのです。

 聖子のシングル2作目の「青い珊瑚礁」(1980年)から20作目「天使のウィンク」(1985年)まで、「夏の扉」「白いパラソル」「風立ちぬ」「ハートのイアリング」を除き、15作ずっと口ポカン写真が並んでいます。「風立ちぬ」は口ポカンと言えば言えなくもないですが、これは笑っていますので除外します。口ポカンの要諦は無表情であることです。口角が少しでも上がっていれば、それは笑顔という意味が生じている顔ですから、放心したような口ポカンとは異なるカテゴリーになります。

松田聖子ジャケット写真一覧(ファンの方のブログ)→

 https://ameblo.jp/shoowasongs70s-80s/entry-11718628831.html

 

 聖子はアルバムでも口ポカンを貫いています。徹底しているのです。当時の女性アイドルは少なからぬ人が口ポカン写真を残していますが、私はこれは聖子の影響だと睨んでいます。例えば、伊藤つかさはビーバーみたいな前歯が可愛らしい女優さんですが、1981年に「少女人形」で歌手デビューし、レコードも何枚か出しました。前歯を見せて口ポカンをしているのが彼女の典型的なイメージです。「少女人形」のジャケット写真は「聖子ちゃんカット」で口ポカンをしているので、聖子の妹といった感じになっています。ライティングは前年に出した聖子のアルバム『North Wind』と似ています。

f:id:msktt:20210905200804j:plain

 伊藤つかさは中切歯(1番の歯)と八重歯が目立っていました。八重歯は犬歯(3番の歯)が外側に重なって生えた状態ですが、犬歯の生え変わり時期は遅いので、顎が小さいなどでスペースがないと八重歯になってしまうのです。八重歯の女性芸能人は少なくないのですが(聖子もそうです)、八重歯が可愛らしさの代名詞だったのは小柳ルミ子です。ルミ子は八重歯をとってしまいますが、そのとき八重歯を粉にして男性ファンにあげたといったエピソードがあったことを記憶しています。仏舎利ですね。それはともかく、伊藤つかさのように中切歯と八重歯が目立つ女性アイドルといえば、石野真子1978年デビュー)や芳本美代子1985年デビュー)も思い出されます。彼女たちは八重歯が売りなのでレコードのジャケットは笑った写真が中心ですが、口ポカンのものも何枚も残しています。

 歯の審美性は容貌の印象に強く関わるので、デビュー前に手術やブリッジ、差し歯などで治療する場合が多いのですが、70-80年代はまだ不完全であることが若さとして価値が認められる場合があったということなのでしょう。

 1982年は女性アイドルが輩出し「花の82年組」と呼ばれていますが(中森明菜もそのうちの一人です)、その中で口ポカン率が高いのは、明菜のほかに三田寛子がいます。三田はきれいな歯並びですが天然おっとり系なので、いかにもアイドルらしい作り笑いよりも自然な口元のほうが似合ったのでしょう。

三田寛子レコード・ジャケット一覧(ファンの方のブログ)→

 http://blog.livedoor.jp/idol80s/archives/48516004.html

 

1-4 聖子のアルバムに見る口ポカン

 では、ここで口ポカンの本家である松田聖子について、そのアルバム・ジャケットについて簡単にコメントしておきます。(は口ポカンでないことを表します。)

 

1作目『SQUALL』(1980年)突然のスコールに濡れた髪、という演出です。口ポカンですが、人指し指を下唇にあてるポーズをとっているので口元が半分隠れています。この時点では、まだ口ポカンだけでは誘引力が弱いと思われたのでしょうか、思わせぶりな指の演技です。

2作目『North Wind』(1980年)明暗のコントラストが強く、髪に強い光があたっていて、顔は反射光を中心とした弱い光で暗くなっています。すでに口ポカンの表情は完成されていますが、ライティングの効果により髪が主役になっています。雰囲気は山口百恵「愛の嵐」のジャケットを思わせます。

3作目『Silhouette』(1981年)二重の自己像というテーマ性の強い図像ですが、絵としてはやや諄(くど)さを感じます。一人は口ポカンの聖子、それを横睨みするもう一人の聖子がいて、こちらは口を閉じています。口を閉じた自分が本当の自分で、口ポカンのほうは作られた自分というふうに読み取れます。ここから、笑顔>口ポカン>口を閉ざす、という順番で本当らしさが意識されているように受け取れて、興味深いものになっています。

4作目『風立ちぬ』(1981年)非常にわずかな口の開き方なので、ふつうなら暗い影になってしまいそうなところですが、唇の奥にある白い前歯は微妙に見えているところにこだわりを感じます。

5作目『Pineapple』(1982年)笑顔のアップですが、聖子の欠点が目立ってしまったように思います。ベース型の顔が強調され、歯並びや法令線のシワが気になります。

6作目『Candy』(1982年)自転車に乗った全身像で、笑っています。顔のアップにも飽きたのか珍しい図像ですが、統一感を欠いています。

7作目『ユートピア』(1983年)また顔のアップに戻り、プールに入ったまま濡れた髪をしています。首から上を水に出しているだけだと温泉に入っているみたいに見えるので、手の演技を加えています。口の開き方は申し分ありません。

8作目『Canary』(1983年)余分な演出を廃してストレートに正面から顔のアップを撮影しています。究極の口ポカン写真。歌番組などでは、長髪でフリルのドレスの明菜に対し、短い髪でタイトなスーツあるいはシンプルなドレスの聖子というイメージが印象に残っています。

f:id:msktt:20210831202807j:plain

9作目『Tinker Bell』(1984年)口ポカンですが、強い赤の色相に統一され、表情は見分けにくくなっています。イメージに変化をつけたいという意図が感じられます。絵柄は従来どおりで、まずは色に変化をつけてみた、といったところでしょうか。

 10作目『Windy Shadow』以降は、はっきりした笑顔をとる、額を出すなど、これまでと異なる趣向になりますから、以下は省略します。

 松田聖子ジャケット写真一覧(ファンの方のブログ)→

 https://cress30.exblog.jp/12805605/

 

 口ポカンは前髪を垂らすこととセットです。いわゆる「聖子ちゃんカット」では額は前髪に覆われていますし、ストレートにしてからも額は見せていません。聖子は額をださないというのが当時の暗黙の了解でした。実際、映画『野菊の墓』で前髪をあげておデコをだしたことがありましたが、かなりがっかりしたことを覚えています。それが、海外進出するようになってからは徹底しておデコをだし、大人の女性であることを打ち出すようになります。子どもっぽい日本のアイドルのままではやっていけないんでしょう。最近は韓国アイドルが人気ですが、韓国の女性アイドルは前髪なしで日本のアイドルは前髪あり、といった比較もされています。これは韓国アイドルは世界を見据えているのに対し、日本のアイドルはロリコン男性向けに国内で受けることを前提に作られているからだと理解されています。

 脱線しましたが、見てきたように、聖子の口ポカン写真は、たまたまそうなったというわけではなく、あえてそうしているということが明確です。フォトジェニックを意識した明らかに作られた表情です。松田聖子は歌うときにもこちらをチラチラ見ては、口ポカンをしたり軽く首を振る仕草をすることがあります。この中途半端な開示に男性ファンはコロッとやられてしまい、一方で女性たちはそれを「ぶりっ子」と罵るのです。

 口ポカンは歌うときというより、歌い終わったときの半ば放心した状態を表現しているように思います。松田聖子のかつてのテレビ映像を見ますと、口ポカンの状態から口をキュッと閉じたり、あるいは笑ったりという移行を示しています。口ポカンは口を閉じるか大きく笑うかの中途にある境界的な表情のようにも見えますし、油断していると口ポカンになってしまうので、ふと気づいて口を閉じたり照れ隠しのように笑ったりするのだと解釈することもできます。ここにはデフォルト、あるいは「地」が口ポカンであり、唇を結んだり笑ったりするほうが作られた表情(「図」)であるという表現がなされています。

 

1-5 口ポカンをさかのぼる

 では、この松田聖子の口ポカンはさらにその起源を辿れるでしょうか。松田聖子の前の大スターというと山口百恵です。百恵のシングル・ジャケットにも「禁じられた遊び」(1973年)、「白い約束」(1975年)「夢先案内人」(1977年)、「イミテイション・ゴールド」(1977年)、「乙女座宮」(1978年)など口ポカンの写真がいくつもあります。「ささやかな欲望」(1975年)、「白い約束」(1975年)なども極めてわずかですが口を開けています。

f:id:msktt:20210831202811j:plain

 ただこれらは聖子ほど徹底しているようには見えません。計算し尽くした表情というより、結果的にそうなったという感じです。百恵は三白眼気味の目なのでしっかり口を結ぶとキツい印象の顔になってしまいます。百恵にはヤンキー要素が混じっているので、キツめの表情も重要ですが、緊張感を解いた油断したような表情も多面性の点で重要です。百恵は21歳で結婚して芸能界を引退しますが、口を開けて表情を作って好ましく見えるのは、若いときに限られるかもしれません。

 さて、山口百恵より遡るとどうでしょうか。女性アイドルの嚆矢ともいえるのは南沙織1971年デビュー)です。そのレコード・ジャケットを見ると、沖縄出身らしい陽気な笑顔に混じって、どこか憂いを秘めた口ポカン写真がいくつも存在します。これもまた沖縄の裏面を表象しているようにも思えます。

f:id:msktt:20210906210244j:plain

 海外にも口ポカンはあります。有名なのは、口を半開きにしたマリリン・モンローの「悩殺」の表情でしょう。顎を突き出して上目遣いになり肩をすくませたポーズが定番です。ただこれは、特別な方向へ意味を持たせた表情なので、聖子らの口ポカンとはカテゴリーが異なってきます。とはいえ他のハリウッド女優にも聖子的な口ポカンは見られますから、日本的な現象というわけではないようです。男性では、口ポカンが一番似合うハリウッド俳優はトム・クルーズでしょう。

 

1-6 中森明菜(から)の展開

 中森明菜に話を戻します。述べたように、デビュー曲「スローモーション」(1982年)から8作目の「サザン・ウインド」(1984年)まで、2作目の「少女A」を除き、7作全て、口ポカンをしています。口ポカンにはいろんな意味があって、性的誘惑、幼児性、自然(弛緩)性など、ないまぜになっていますが、アイドルはこれら全ての要素を兼ね備えています。口をしっかり結んだり、逆に大きく笑ったりすると表情の意味が限定されてきますが、口元を緩めて曖昧にしておくことで、様々な受け取り方に開かれてきます。

 最初のうちは顔を(で)売るためにシンプルな顔のアップばかりだったのが、次第にジャケット・デザインに変化が出てきます。派手な化粧をしたり、全身を映したり、小物に凝ったり、シュールなデザインにしたりします。特にアイドルからアーティストに方向性が変わってくると顔のアップはなくなり、同時に口ポカンへのこだわりもなくなってきます。

 明菜はデビュー曲の来生(きすぎ)姉弟作「スローモーション」が不発で、2作目の「少女A」でブレイクします。「少女A」についてはいくつかエピソードがあって、作詞作曲はすんなりできあがったわけではないようですし、明菜はこれを歌うことを強く拒んだといいます。しかし結果的に「少女A」はその後の明菜の一面を形成する非常に重要な作品になりました。作詞した売野雅勇は、以降、4作目の「1/2の神話」、6作目「禁句」、9作目「十戒」を担当し、明菜は、売野作詞の「ツッパリ路線」と、3作目「セカンド・ラブ」、5作目「トワイライト」という来生姉弟のバラードと交互に歌っていきます。この分裂した二つの路線は、明菜に不安定な危うさをもたらしたのではないかと思います。7作目の「北ウイング」から「旅情シリーズ」が始まり、久保田早紀の「異邦人」を思わせるような「エスニック歌謡」へと向かいます(「ミ・アモーレ」wiki参照)が、これは分裂を統合するための旅立ちだったようにも思えてきます。その間、「飾りじゃないのよ涙は」「DESIRE」などでオリジナリティを模索し、到達点のような「難破船」(カバー曲)に至ります。明菜の口ポカン写真は、来生姉弟のバラードと売野「ツッパリ路線」、そして「旅情シリーズ」の初期に重なっています。これは明菜らしさを確立するまでの試行錯誤の期間だったと思います。

 明菜の口ポカン写真で最上の一枚をあげるなら「トワイライト」のジャケットでしょう。というのも、この40年近く前に撮られた写真には、現在に通じるものがあるからです。口ポカンは今どうなっているでしょうか。私なりに分類してみます。

f:id:msktt:20210831202803j:plain

 まず、昨今の流行りに「アヒル口」があります。ウィキペディアには「口角が上がり、口先をやや突き出したような形状であることが一般的で、アルファベットのWのように見える。」「1998年にデビューした歌手・鈴木亜美に対して用いられたのが最初」とあります。アヒル口がブームになったのは2010年で、火付け役はブロガーのまつゆうという人です。

 アヒル口芸能人を検索すると、上位に板野友美桐谷美玲鈴木亜美広末涼子らの名前があがってきます。アヒル口は上唇の両端が締められるため、中央部分が開くことがあります。ここでアヒル口は口ポカンに通じています。特に桐谷美玲は上唇の形状が台形になっており、アヒル口というより富士山型の口ポカンといったほうがよさそうです。

f:id:msktt:20210831202820j:plain

 富士山型の口がさらに発展したものにM字型の唇があります。(発展といっても歴史的なものというより分類上の細分化です。)M字は美容方面での言い方で、アヒル口を表すW字の反対向きのように見えますが、W字のもっと微細な部分に着目したものと言えます。口角の上がりを要件としません。上唇のまんなかの突き出た部分を上唇結節と言いますが、鼻唇溝と上唇結節がM字唇を作ります。上唇結節は、その突出が少ないと唇が平坦に見え、口を閉じたときにできる線も平坦になることから、美容外科のメニューにも上唇結節形成術があるほどで、人は唇に立体感を求めているようです。M字もW字も閉じた唇の線に変化を与えています。

 現在活躍している女優でM字型の唇の典型は新木優子でしょう。M字型上唇は、赤ちゃんに多い形です。新木優子はツンとした雰囲気の人ですが、口元に幼さを感じさせるので人気なのでしょう。唇の形というのは写真の撮り方によっても見え方が変わる微妙なものですが、80年代のアイドルではっきりしたM字型上唇の人というとおニャン子クラブ河合その子が挙げられると思います。この人は口を閉じた写真はどれもはっきりしたM字をしています。顔全体の印象は平凡なのですが、M字であることを含め、口元に目が行くアイドルだったと思います。

f:id:msktt:20210906210257j:plain

 さて、そこで「トワイライト」の明菜の写真を見てみますと、M字型の唇になっていて、かつ、桐谷美玲のように台形に開いていますから、こうした写真の可愛らしさは40年近くたった今でも通じるものだと思います。

 また、聖子と明菜の唇の写真を見比べると、聖子のほうが平坦な形であると言えそうです。逆に言えば、明菜が口ポカン写真をやると、そのほうが幼く見えるということです。シングル・ジャケットで比べると、明菜の方が一足先に口ポカン写真を卒業しているのはそういう理由があるのかもしれません。

f:id:msktt:20210831202816j:plain 左、明菜 右、聖子

2. 「い」の響く歌

2-1 口の大きさ

 さて、ここまで明菜の口元にこだわってきたのは、明菜が歌うときの口の形が気になったからです。

 明菜はいつの頃からか「歌姫」と呼ばれるようになりましたが、フレーズの終わりで声を伸ばしたり、あるいは消え入るような細い声で歌ったりと自由自在です。例えば「北ウイング」はAメロは囁くように歌い、サビは声を張り上げて歌っています。また、モノマネなどでよく知られるのは「DESIRE」で、「ゲラゲラゲラゲラ バーニンハァーーーーー」と声量を見せつけるかのように声をだしています。他にも「十戒1984)」で「イライラするわあーーーー」などたくさんあります。

 明菜は会話などで笑うと結構口が大きく見える人ですが、歌うときも口を大きめに開けて歌うことがあります。従来、女性は口が小さいほうがお上品だとされてきましたが、今井美樹吉田美和の人気が出てきた90年代あたりから、口の大きい女性に憧れる女性たちが増えた印象があります。今井美樹吉田美和の笑い方はアイドルの形式的な笑顔とは異なって、自由に自分をさらけだしている遠慮のない感じです。

 彼女たちに先行する中森明菜は、すでに80年代において、大きい口であることと自己表現とを結びつけていたと思います。お人形のように可愛いだけのアイドルを脱却し、自分の個性を表現するアーティストへと変化するときに、歌を紡ぎだす器官である口が、外見においても存在感が増したのだと思います。口を大きく開けて歌うことを厭わないのは、自分は歌の職人であるという自覚でしょう。

 明菜と比較すると松田聖子は口の小さい人だと思います。歌い方も、明菜のようにダイナミックな変化をつけた歌い方をせず、可愛らしくまとめる感じです。聖子が大口を開けたという印象があるのは、ゆーとぴあと共演したカプリソーネのCMで、のけぞって笑ったときです。口を横に開いてにっこり笑うのではなく、口を縦に開く「タテ型の笑い」です。人目を気にせず笑う普通の若い女性を演じてみたということでしょうが、既成のアイドルには見られない笑い方でした。

 口の大きさの印象は、左右口角間の長さ、笑ったときに見える歯の本数や歯茎の露出、口の開け方の大きさ等で決まると思います。骨格的には上顎が大きいと歯が見える本数が増えるように思います。また、口を開けたときに口角が作る角度が鋭角ではないと奥の方の歯が他の人より12本多く見えて口が大きく感じられるように思います。(このあたりは個人的な印象論を語っているだけなので「思います」が続きます。)

 次の写真では、聖子と明菜の笑った口を比較すると、上の歯が見える本数は、聖子は片側3~4本、明菜は4~5本あります。今の女優さんは、片側4~5本の歯が見える人がほとんどですから、これをもって明菜は口が大きいとは言えません。むしろ聖子は口が小さい、と言えるかもしれません。

f:id:msktt:20210831202827j:plain

 口を開けて無理せず笑い、正面から見たとき犬歯(3番の歯)までしか見えない人は口が小さい人と言えるかもしれません。ただ、この条件にあてはまるのは志田未来と若い頃の松田聖子などごく少数です。若い時おちょぼ口だなと思った薬師丸ひろ子も笑うと4本目まで見えています。見える歯の数によって口の大きさが数値化できるかと思いましたが、顔の微妙な角度、笑い方や歯列の特徴、年齢による変化などがあるので一概には言えなさそうです。

 

2-2 明菜の「セカンド・ラブ」

 明菜の歌姫傾向がはっきりしたのはシングル3作目「セカンド・ラブ」(作詞、来生えつこ1982年)ではないかと思います。この歌は、来生たかお大橋純子に書いてヒットした「シルエット・ロマンス」の続編として大橋用に作っておいた曲がお蔵入りになっていたのを姉の来生えつこが歌詞をつけたものだそうです。(https://news.1242.com/article/108788

 この歌の歌い方は語尾を伸張するのが特徴です。それも尻上がりに音圧を高めるように歌うのです。日本の歌は語尾の母音を伸ばすことに心地よさがあるのですが、この歌はそれが強調されています。「セカンド・ラブ」の該当部分を掲げてみましょう。

 

・愛のメッセージ 伝えたいぃぃいいい

・うつむくだけなんてぇぇえええ

・そのひとことが 言えないぃぃいいい

・どこかへ運んでほしいぃぃいいい

・甘いささやきに 応えたいぃぃいいい

・うつむくだけなんてぇぇえええ

・動かぬように 止めたいぃぃいいい

・私をさらってほしいぃぃいいい

・どこかへ運んでほしいぃぃぃいい

 

 伸ばされる語尾の母音は「い」が7回、「え」が2回です。「い」の母音を伸ばすことがほとんどです。他にも「追いかけられるのいやよぉぉぉ」とか「とまどうばかりの私ぃぃ」というのがありますが、こちらは遠慮がちに伸ばすだけです。

 語尾の「い」を歌で伸ばすというのは難しいと思います。口を左右に開く「い」というのは、あまり心地よい響きではないからです。子どもが相手を拒絶するときに「いーっだ」と言いますね。

 この「い」を発音するときは、母音のなかで一番、口唇を横に引っ張る形になります。口を横に開くというのは面倒なためか、語中の「い」は発音されなくなる傾向にあります。例えば「令和」は「れいわ」ではなく「れぇわ」、「平成」も「へいせい」ではなく「へぇせぇ」。口を横に大きく開くのは経済性に反するんですね。

 日本語の五つの母音のなかで、「い」「う」は口腔内を狭く使って発音する狭母音です。「あ」は広母音、「え」「お」はその中間です。狭母音「う」は後舌母音で暗い感じがする一方、同じ狭母音の「い」は前舌母音で明るい感じがします。「う」のように口の後ろの方で音を作るとくぐもってしまうんですね。

 「日本語の母音における音象徴の研究」(吉岡ちさと、2004年)によれば、「大きい、小さい」「明るい、暗い」「広い、狭い」という概念と日本語の5母音のイメージとの関係を調べたところ、「い」は「小さい」「明るい」「狭い」といった印象と結びついているようです(調査対象、日本人女子学生93人)。音のイメージが「明るい」というのはわかりますが、「小さい」「狭い」というのはどういうことでしょうか。飯野布志夫は『音ものがたり』(鳥影社、2020年)という語源を考えた本で、「い」の音の意味は、存在しているものが「一点に集中していること」だといいます(28ページ)。例えば「一(いち)」「石(いし)」「今(いま)」というのは何か一点に凝集した感じがしますね。その語源としての正否はともかく、ここで言われているのは、「小さい」「狭い」ということと同じように思えます。もう少し感覚的に言うと「鋭い」ということでしょうか。「い」は5母音の中では、明るさとキツさを持った音だということです。だからずっと「い」を聞かされていると「いらいら」して「胃」が「痛く」なってくるかもしれません。

 他の母音と比べてみると、よく例にだされる笑い声の比較では、「あはは」「いひひ」「うふふ」「えへへ」「おほほ」で、なぜか「い」が一番イヤな感じの笑いという気がします。「い」という音は耳につく性質を持っているので、それを長く伸ばして耳に心地よいものにするのは難しいのではないかと思うのです。肝心なのは、「い」が強調されるといつも不快ということではなく、使いこなすのが難しいだろうということです。だから、事例が少ない「はず」だということです。

 さて「セカンド・ラブ」の歌詞を見ると、何々してほしいとか、何々したい、というように、語尾がちょうど「い」で終わっていて、それを伸ばしています。「い」で終わるように歌詞を合わせたかのようにも思えます。

 歌詞を読むと、何々してほしいとか、何々したいとか、心の中で思うだけで、実際やったり言ったりしたわけではありません。〈そのひとことが 言えない〉で、〈とまどうばかりの私〉を歌っています。そういう曖昧な態度の〈私〉なんですが、実は心の中ははっきり決まっているという思いの強さを、伸ばされる「い」のキツい響きによって歌い手は表現しようとしているのではないでしょうか。

 ついでに言うと、この歌詞には格助詞「に」が印象的に使われています。歌詞の1番では〈上手に〉とあるだけですが、2番になると〈器用に、ささやきに、舗道に、動かぬように、さよならに〉と多用されています。この「に」は、「い」列の音ですが、やわらかい感じの響きです。

 

2-3 沢田研二「ヤマトより愛をこめて」

 語尾の「い」を長く伸ばす歌い方で印象に残っている歌が他にあります。沢田研二「ヤマトより愛をこめて」(作詞、阿久悠1978年)です。

 語尾を伸ばしている部分を掲げてみます。

 

・君は手をひろげて守るがいいぃぃぃぃ

・身体を投げ出す値打ちがあるぅぅぅぅ

愛する人のためだけでいいぃぃぃぃ

・今はそれだけかもしれないぃぃぃぃ

・今はさらばと言わせないでくれぇぇぇぇ

・君は手をひろげて抱くがいいぃぃぃぃ

・確かに愛した証があるぅぅぅぅ

愛する人のためだけでいいぃぃぃぃ

・今はそれだけかもしれないぃぃぃぃ

・今はさらばと言わせないでくれぇぇぇぇ

・今はさらばと言わせないでくれぇぇぇぇ

 

 この歌では語尾の「い」を伸ばしているのが6回、「う」が2回、「え」が3回あります。何々がいい、何々でいい、という歌詞なので、歌詞とも相まって「い」が印象に残ります。

 中森明菜沢田研二も、どちらの歌詞も、何々してほしい、何々したい、何々がいい、何々でいい等、語尾が「い」になる形式が繰り返されているところが特徴的です。歌詞と曲と歌い方の三者がみごとに一致した例だと思います。曲が歌唱法を決定づけるのは当然だと思いますけど、この2例の場合はさらに歌詞が効果をあげるのに一役買っているようです。

 他にも「い」を響かせる歌があったら探していきたいぃぃぃぃと思います。

f:id:msktt:20210906232430j:plain

 

寺山修司の「あしたのジョー」

ラララのアトム、ルルルのジョー(その2)ジョー編

1 『あしたのジョー』の時代と人びと

1-1 『あしたのジョー』の時代

 鉄腕アトム」を作詞した谷川俊太郎と若い頃から親交があった寺山修司の「あしたのジョー」について次に取り上げよう。文化人作詞シリーズとでも言うべきか。

 あしたのジョー』は、原作高森朝雄、マンガちばてつやにより、1967年の暮れから1973年5月まで『週刊少年マガジン』に掲載された。高森朝雄は高森朝樹のペンネームで、朝樹は梶原一騎ペンネームでマンガ原作などを書いており、同誌ではすでに梶原名義で『巨人の星』の原作を担当していたため、『あしたのジョー』は名前がかぶらないように変えたのである。1970年にテレビアニメ化され、1980年に続編が制作された。アニメではマンガを脚色した部分が多少なりともある。

 主人公、矢吹丈によく比べられるのが、連載当時プロボクサーだった大場政夫である。大場は貧しい生活からボクサーをめざし、中学卒業後にジムに入り、翌年の1966年にプロデビュー、1970年に世界チャンピオンになり、5度防衛したが、1973年1月に自分の車を運転中に事故を起こし、23歳で他界してしまう。『あしたのジョー』の連載は、その3か月後に終わっているなど、はからずも同じ時期に活躍していたのである。

 本作は、もう50年前も前のマンガ・アニメであるが、いまだに根強いファンがいて、特にマンガの方は名作と言われている。私はアニメ版の方が好きで、続編は高校生のころにやっていたのを毎週楽しみにしていた。

 とにかく古い作品であるので、超簡単ではあるが内容を振り返っておく。

 あしたのジョー』はボクシングのマンガと思われているが、実のところ『ジョー』ではボクシングの試合はそれほど描かれていない。物語は、宿敵力石が死ぬまでを前半、世界チャンピオンのホセとの戦いまでが後半と、二つに分けることができる。後半は、雑誌連載時の「第二部 四角いジャングル編」「第三部 孤狼青春編」などにあたる。

 前半は、ドヤ街での騒動に始まり、鑑別所を経て少年院を出所するまでをかなりの分量をかけて描いている。鑑別所や少年院でのリンチは凄惨で、スポーツとしてのボクシングが介在しなければ、なんとも気の重い話になるところである。喧嘩が多く、ボクシングの試合で印象に残るのは、少年院でのアマチュア試合で青山、力石との戦い、プロデビュー後のウルフ金串力石徹との戦いくらいである。

 後半は力石の死のトラウマを乗り越えるまでに時間がかかるが、その後はボクシングの面白さが前面に出てくる。カーロス・リベラ、金龍飛、ハリマオ、ホセ・メンドーサなど強敵が居並んでいる。前半は不良少年が成り上がっていく過程、後半はスポーツものというふうに大きく分類できるだろう。

 アニメ版の第一作は1970年4月1日から放送が始まったが、このとき何ともいえないタイミングで大事件が起こった。前日の3月31日に赤軍派9名が羽田空港発の旅客機を乗っ取り、北朝鮮に亡命する事件が起きたのだが、そのとき犯人のリーダーが決行にあたって残した宣言は、「われわれは“明日のジョー”である」と締めくくられていたからである。この文章は赤軍派の機関誌に掲載され(のち『文藝春秋』に転載)、流行語になった。漢字で「明日の」というのは間違いであるとよく揶揄されるが、これは決行の前日に書かれたもので、「われわれは明日、羽田を発(た)たんとしている。」という文で始まり、「われわれは“明日のジョー”である」と終わるので、始まりと終わりが呼応しているのである。この「明日」は文学的な「あした」ではなく、具体的な時間を示す「明日」なのである。自分たちを『あしたのジョー』と見立てたというより、決行するのが「明日」であることから、当時人気のあったマンガを連想したということだろう。

 60年代末は「右手にジャーナル、左手にマガジン」とも言われ、当時の若者(全共闘世代)はすでに『朝日ジャーナル』に象徴される政治や思想と、『マガジン』に象徴されるサブカルチャーを混交させることに抵抗がなくなっていた。だから、過激な政治信条をもつ赤軍派のリーダーが、宣言の最も肝心な箇所で、ついマンガに言及してしまったとしても、そこに大衆を取り込もうというあざとさは感じられないだろう。よど号事件は、人質になった乗員乗客、それに「身代わり新治郎」や日航の機体も全て無事に帰還した。学生運動が武闘化する中で起きた事件ではあるが、その後に起きた凄惨な連合赤軍事件に比べたら、犯人に対する世間の理解はまだ可能であった。

 マンガに話を戻すと、当時の『週刊少年マガジン』は、『巨人の星』『あしたのジョー』『天才バカボン』などの連載で発行部数は100万部を超えていた。好調とはいえ、内容が高年齢化し、子どもたちが置き去りにされていることが案じられた。実際、『あしたのジョー』は、日雇い労働者が住むドヤ街が舞台で、登場当初のジョーは、そのドヤ街にすら受け入れてもらえない文無しの流れ者だった。子どもの読者が感情移入できるような年齢の登場人物はドヤ街の子どもたちくらいだが、彼らは最初のうち出てくるだけだし、しかも彼らはジョーに利用されて詐欺事件を起こすのである。これでは異質すぎて共感できないだろう。『あしたのジョー』が終了した73年には発行部数は落ち込み、人気ギャグマンガのある『週刊少年ジャンプ』に抜かれてしまう。

 

1-2 『あしたのジョー』の人びと

1-2-1 矢吹丈

 ジョーは初登場時15歳の設定で、生まれてこのかた学校に通ったことがないとされている。施設を飛び出して放浪しているが、パチンコをやったりタンカ売をやったりと年齢不詳である。ケンカに強い一方で能弁である。主人公が無口では原作者の腕の見せどころがないが、ジョーはよくしゃべる。議論好きなのだ。少年院に慰問に来た白木葉子に「はるか雲の上から優越感でやってることだ」(2-222)と言う場面は有名だ。詐欺事件も、口と頭がまわるからできたことである。

 少年院では、喧嘩しか知らなかったジョーは、元プロボクサー力石徹にまるで歯が立たなかった。しかし丹下段平のハガキによる「通信教育」で身につけた「あしたのためにその1」のジャブだけはプロなみだった。(2-140)このあたりの『あしたのジョー』の面白さは、身体能力を作動させるために的確な言葉が導きの糸になるということを示したことだ。スポーツの指導でも上手なコーチは身体運用についての言葉遣いが巧みだ。もう一つは、教えてもらうということは、何もないところから自分でゼロから模索するより、少しでも教えてもらうことで、一気に新しい次元が開けるということだ。ジョーはこう言っている。「おれは生まれてこのかた学校ってものにぜんぜんかよったことがなかった だから だから人にものをおそわって いままでできなかったことができるようになるなんて経験ははじめてさ」(1-176

 少年院での生活は、打倒力石徹を目標に、できないことがだんだんできるようになっていく過程が描かれている。ボクシングは力石と勝負するための手段だったはずだが、やがて「おれは拳闘にほれちまった」(3-230)と言わしめるほどになる。喧嘩がスポーツに置き換えられてゆく。だが、少年院編では最後まで反則をするなど喧嘩を引きずっている。ジョーは簡単にスポーツの美名に洗脳されるほどヤワではない。〈俺らにゃ けものの血がさわぐ〉とあるように、野獣であるジョーを手なづけるのは難しい。

 あしたのジョー』はボクシングの物語ではあるが、主人公の修業時代や仲間との出会いは少年院が主要な舞台となるのである。ジョーにとって少年院は人格形成における重要な場なのである。

 〈少年院〉については、主題歌の3番で、〈少年院の 夕焼空が/燃えているんだ ぎらぎらと/やるぞ! やるぞ! やるぞ!〉として出てくる。少年院というのは希望に輝く施設ではない。だから少年院の建物の向こうに見える夕焼空の鮮やかな赤い色に、夢や希望を託す未来を想像するのは困難なはずである。しかしここでは、〈少年院の 夕焼空〉を見て猛烈に気力が奮い立っているのである。〈やるぞ! やるぞ! やるぞ!〉とやる気が横溢している。この「やる気」はどこか危険なものを秘めている。それが〈ぎらぎらと〉という擬態語に表れている。きらきらした純粋な気持ちから出ている夢や希望ではなく、ぎらぎらしたあやうい過剰さをかかえこんだ野心である。「ぎらぎら」には「きらきら」にはない強烈さ、どぎつさがある。夕焼空というありがちな大景を、普通なら思いつかない〈少年院〉と組み合わせることで新しいものの見方を発見するのである。

 不良でありながら能弁であるジョーのふてぶてしさを、アニメのアフレコでこれ以上の適役はないというくらい見事に演じたのがあおい輝彦だ。たくさんあるアニメの中で、2次元のキャラクターに独特の存在感を与えた稀有な例だと思う。「へへっ、おっつぁんよぅ」という言い回しを地に足がついて言えるのはあおい輝彦だけだろう。マンガでは、ジョーは段平のことを最初「おっさん」と呼び、信頼するようになってからは「おっちゃん」と呼んでいるが、アニメでは初登場時から「おっつぁん」である。大人の男性のことを「おっつぁん」と呼ぶのは島根県などで使われる方言で、東京出身のあおい輝彦がどこでこの呼び方を仕入れてきたかわからないが、マンガのように「おっさん」ではよそよそすぎるし、「おっちゃん」では実際言葉にしたとき子どもっぽく感じられてしまうだろう。「おとっつぁん」にも似た「おっつぁん」という聞き慣れない響きは、そのためどこか特別な感じをわずかに含ませている。

 

1-2-2 力石徹

 何かの理解を深めるには、対比するものがあるとやりやすい。『あしたのジョー』の場合、ジョーを理解するには力石を並べるのがもってこいである。寺山修司は「力石のテーマ」の作詞もしているので、そういう点でも比較しやすい。

 力石徹はジョーに次ぐ主要人物である。力石の出生は不詳だが、若くしてプロボクサーなっている。だが、暴力事件を起こして少年院へ入る。ジョーとの試合では過酷な減量をおこない、強打を浴びて死亡する。一方のジョーは孤児である。喧嘩早く、暴力や詐欺事件で少年院へ送られる。プロボクサーになって「殺し屋ジョー」の異名をとる。力石も「わかき殺し屋」2-142の異名をとっていた。二人はボクシングのスタイルが似ているということだろう。ジョーは力石をなぞるように金竜飛戦で激しい減量に苦しみ、ホセ戦で死亡する。両者ともボクシングの試合が終わると同時に死んでしまうのである(ジョーの場合は、その死は曖昧にされている)。

 ジョーのお家芸は「両手ぶらり戦法(ノーガード戦法)」であるが、テクニックを超えた本能の勘があらわになったときに力石もまたジョーを真似するように「両手ぶらり戦法」のスタイルをとるのである。ジョーが力石をなぞるばかるではなく、力石もまたジョーをなぞるのである。この二人はよく似ているのである。

 ジョーと力石の二人がよく似ていることは、歌詞にも明瞭に表れている。寺山は、「力石徹のテーマ」(挿入歌及びエンディングとして使用)の作詞もしている。この歌は、主題歌「あしたのジョー」と共通している部分がある。

 両方とも自称は〈俺(おい)ら〉で、自分のことを〈狼〉だと思っている。狼だから力石は〈月に吠え〉、ジョーは〈吠えろ! 吠えろ! 吠えろ!〉と自分を奮い立たせる。また、力石は〈親無し宿無し〉とされていて、ジョーは〈親のある奴は くにへ帰れ〉というように自分自身には親がいないことになっている。力石は〈行け荒野を〉とあるが、ジョーは〈俺らにゃ 荒野がほしい〉というから、力石はこのタイプのいわば完成形で、ジョーは途上にあるということである。力石は荒野で狼になって〈ウォー〉と吠えているが、ジョーも狼になって力石のあとを追いかけ荒野をめざしているということだ。

 その他、歌詞の言葉遣いも似ていて、力石は〈夕日がギラギラ 男の夢は〉とあり、ジョーは〈少年院の夕焼空が/燃えているんだ ぎらぎらと/やるぞ! やるぞ! やるぞ!〉とある。ジョーは〈男の夢〉に向かって〈やるぞ!〉と叫んでいるのである。その意志の強さが夕日の〈ぎらぎら〉という擬態語で表現されているのである。

 

1-2-3 白木葉子

 ジョーと対照的な存在が、財閥の令嬢である白木葉子だ。葉子の存在(女性で金持ちで美人)はストーリーの重心に無用なブレを生じさせているように思うが、時代背景の中に置くと、高度成長の中で消えていく低層住宅の町の住人と、変化を推し進めようとする資本家との対比にも思えてくる。それを明確にしたのが2011年の実写版で、白木葉子は財閥令嬢であることに変わりないが、ドヤ街の孤児院出身で、それを知られることを恐れ、ドヤ街を再開発して近代的な街にしようと企んでいるという設定に変更されている。

 このマンガには女性の登場人物が少ない。名前がついているのは白木葉子、食料品店の娘の紀子、チビ連のサチの3人である。紀子とサチは年齢が一回りほど違い、体の大きさも違うが、顔も髪型もそっくりである(三編みとおさげ)。二人ともあからさまにではないがジョーに気がある。まるで、この二人は同一人物の時間的に異なる表象を同一の空間に置いたかのようである。サチは物語の発端から登場している。一方、紀子が登場するのは少年院を出所した後である。サチでは子どもすぎてジョー相手の役柄として機能しないので紀子を登場させたのだろう。

 また、紀子はジョーが葉子と間違えるほどよく似ているとされている。ところが、この二人は物語においてはたす役割が正反対なのである。葉子はジョーがボクシングという非日常の世界にとどまるよう働きかけている。逆に、紀子はジョーが平凡な青春をおくることを望んでいる。日常の世界に戻ってくるよう誘っている。つまり、紀子と葉子は女性が男性との関わりにおいて果たす役割の別々の側面を描いているのである。数少ない女性の主要人物が、しかも性格がかなり異なる二人が、そのように同じ顔に造形されているということは、多くの男性キャラが描き分けられているのに比して、この物語において女性のほうが男性より抽象度が高いことを意味している。原作者、マンガ家、そして編集者もみな男性ばかりだし、読者も男性中心だから、女性描写にリアリティが欠け、空想的になるのもやむをえない。多数の具象的な男性と一人の理想的な女性というのが、こうした場合によく見られる。おそらく、一人の理想的な女性像を思い描いたときに、白木葉子の立場の特殊性(財閥令嬢)、性格の偏り(冷淡さ、気丈さ)、関心領域の狭小(ボクシング)といった特徴が、それを補完して女性像をトータルなものにするために生み出されたのが下町娘の紀子なのであろう。3人の女性のなかで最も遅く登場する紀子は、既に出ていたサチをヒントに創造されたのではないか。

 

2 歌詞のパターン

2-1 主題歌の重苦しさ

 寺山修司が作詞した「あしたのジョー」を見ていこう。

 尾藤イサオが歌うこの歌は、決してさわやかでもポップでもない。むしろ暗く重苦しく、怨念すら感じられるものである。曲調もそうであるが、歌詞もそうであり、歌い方もそうである。尾藤イサオといえば、私は子どもの頃「悲しき願い」(1964年)が大好きだった。ラジオから流れてきて1回聞いて痺れた。ウィキペディアを見たら、1978年にセルフカバーしているとあるから、私が聞いたのはこれだろう。「悲しき願い」は洋楽のカバーで、64年版はアニマルズのヒットを受けて作られ、78年版はサンタ・エスメラルダのヒットを受けて再度録音された。私は当時中学生で、レコードを買うお金もなかったので、ラジオにしばしばリクエストハガキを出したが、かけられたことはなかった。

 本稿では「あしたのジョー」の歌詞に注目していく。とはいえ事前に何を書くかは全く決まっていない。書くにあたいすることがあるかどうか心配ですらある。とりあえず、気がついたことから始めてみよう。

 まず目につくのは、〈憎いあんちくしょう〉とか〈俺(おい)らにゃ〉といった泥臭い言葉遣いである。石原裕次郎主演の『憎いあンちくしょう』という映画が1962年にあり、それを拝借したのかもしれないが、今ではもう「あんちくしょう」という言葉は聞くことはない。〈俺らにゃ〉も口語でくだけすぎているから、今なら〈俺には〉にするだろう。〈俺ら〉や拗音の〈にゃ〉には垢抜けない響きがある。その二つが組み合わさっている。エンディングの「ジョーの子守唄」(作詞、高森朝雄)は演歌調で、〈子守唄はリングにゃないぜ 立たなきゃ きのうに逆もどり〉と〈にゃ〉を2回続けて使っている。

 先の「悲しき願い」(訳詞、タカオカンベ)のサビは〈誰のせいでもありゃしない みんな俺(おい)らが悪いのか〉となっている。志村けんがコントでも使っていたから、ここだけ知っている人もいるだろう。「ジョー」の歌と同じく、第一人称は〈俺ら〉で、〈ありゃしない〉と拗音が入っている。尾藤イサオの風貌は〈俺ら〉が似合っているのかもしれない。

 歌の3番には〈少年院〉が出てくる。一般の視聴者である子どもたちにとって〈少年院〉はなにやら恐ろしげな別世界である。作中で少年院が初めて出てくるときはホラー映画のような演出がほどこされた場所に描かれている。少年院といっても、ジョーが送られたのは特等少年院である。実際は特等という類別はなく、初等・中等・特別・医療の4種類である。初等・中等は年齢による区分だが、特別は犯罪傾向の進んだ者が収容される。マンガでは初等・中等の次だから特等としたのだろう。ジョーの場合は悪質な犯罪を犯したとみなされて特別少年院に送られたのだろう。一緒に送られた西は、「とうてい生きて出られるような気がせんのや」(2-36)と思いつめた表情をしている。少年院法は2015年に改正され、現在は、初等・中等は第一種、特別は第二種、医療は第三種となり、刑の執行を受けるものは第四種に収容されることになった。いずれにしても、少年院で明るい未来が待っているとは思えない。だが歌詞では、少年院の燃えるような夕焼けを見て〈やるぞ! やるぞ! やるぞ!〉と気合が入っているのである。少年院に送られたからもう駄目だと悲観するのではなく、何やらやる気満々なのである。この歌詞の語り手はどうも根本的なところで常人とは異なる感性をもっているようだ。

 アニメの続編『あしたのジョー2』(1980年)では音楽に荒木一郎が関わり、主題歌は都会的な洒脱さが加わったカッコいいものになった。これはアニメの絵柄にも同じことが言える。アニメ第一期のおどろおどろしく荒い線が、洗練されたスマートな線になった。ジョーの性格も、無責任でやんちゃな少年から、深みをもった青年へと変化している(他の登場人物も全体的に大人になっている。)

 

2-2 〈だけど ルルルル〉で隠された本心

 あしたのジョー」の歌でよく語られるエピソードは、〈だけど ルルルル…〉の部分である。私の記憶では、尾藤イサオがアニメソング特集のテレビ番組に出ていたときに、レコーディングのさい歌詞を忘れてしまったので〈ルルルル…〉とごまかしたら、そばで聞いていた寺山がそっちのほうがいいと言ったので、それが正式採用になったということである。尾藤はこのエピソードを他でも語っているようで、小異はあるが、おおよそは上記のとおりである。

 〈ルルルル…〉の部分には歌詞があったのである。一体どんな歌詞があったのか気になるが、資料が残っておらずわからない。ただ、どんなことが書かれていたか、検討はつく。〈だけど ルルルル…〉の前の部分では、俺にはけものの血が騒ぐとか、かなり威勢のいいことを言っている。それが〈だけど〉で転回する。〈だけど〉は、前言を受けて、それに反することを述べる接続詞である。この転回によって、ジョーは、力で相手を叩きのめすことだけに囚われた単純な人間ではなく、複雑な内面をもった青年に造形される。

 『ジョー』の4か月前から放送されていたアニメ『アタックNo.1』の主題歌「アタックNo.1」(作詞、東京ムービー企画部1969年)にはセリフが入っていて、そこでは〈だけど涙がでちゃう 女の子だもん〉と言われている。これは当時流行語になった。今なら「女の子だもん」は余計だと叱責されるだろう。〈苦しくたって 悲しくたって/コートの中では へいきなの〉と頑張ってはいるのだが、それは強がりで、ホンネは〈だけど涙がでちゃう 女の子だもん〉ということである。キビキビと動きまわりレシーブを受けたりスパイクを決めたりする女性たちも、ふとした瞬間にコートにうずくまり「ヨヨヨ」と泣き崩れるのである。〈だけど〉は、以下でいささかセンチメンタルなホンネが語られるという転回のきっかけを作る言葉なのである。

 もうひとつ例を掲げると、1967年放送開始のアニメ『おらぁグズラだど』がある。グズラはドジな怪獣である。青島幸男作詞の主題歌「おらぁグズラだど」では〈力は千人力〉〈口から火を吹く〉と外ヅラは勇ましいが、実は〈だけどちょっぴり泣き虫〉と本当のところが語られる。〈だけど〉として、世間の目を気にしないところで見せる真実の姿が述べられるのである。

 おそらく寺山が書いた「あしたのジョー」の元の歌詞も、ジョーの心の二つの層が描かれていたのではないか。俺は野獣だ、狼だと意気がる一方で、本心は孤独に苛まれるさみしがりやである、ということではないか。マンガやアニメではそうした「本心」が語られることはない。ジョーに〈だけど〉という内面があるとしたのは寺山の解釈である。少女マンガは内面をモノローグで表現するが、少年マンガは内面を殆ど描かない。絵から内面を推測するしかない。そしてジョーの絵柄からは、ジョーには口には出さない深い内面があることを想像させるのである。作画のちばてつやはデビュー当初、少女マンガを描いていた。その少女の瞳のやさしさが矢吹丈の目にも表れているのである。ジョーは喧嘩好きの荒っぽい男だが、少女の瞳を持つことによって、憂いや陰りをあわせもつことになったのである。

 尾藤イサオが即興で口ずさんだのが、〈だけど ルルルル…〉だったというのは偶然ではないだろう。〈だけど ララララ…〉ではなかった。もしそうだったら採用されなかっただろう。憂いのある〈ルルルル…〉だからよかった。明るい〈ララララ…〉では歌のイメージにふさわしくない。逆に言えば、〈ルルルル…〉に置き換えられた言葉は、憂いのあるものだったということだ。

 〈だけど〉に続く言葉には、弱気なホンネが吐露されるというパターンがある。もしかしたら寺山は『ジョー』放送直前にヒットしていた同様のスポ根ものである「アタックNo.1」の歌を聞いて、この孤独な不良少年の物語にも「だけどパターン」が使えると思ったのかもしれない。寺山はあちこちから言葉を取り入れては組み立てる言葉のコラージュが得意だった人であるから、そうした推測もできる。

 自分で指摘しておいてマッチポンプみたいに弁護するわけではないが、寺山が「ジョー」の前年に書いた「時には母のない子のように」(1969年)にも〈だけど〉は出てきて、似たような使われ方をしている。〈時には母のない子のように/だまって海をみつめていたい〉というのはカッコつけのポーズである。「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」という寺山の代表短歌にある日活映画ふうのポーズであろう。「時には母のない子のように」も、〈時には母のない子のように だまって海をみつめていたい〉と澄ました顔で言ったあとに、〈だけど心はすぐかわる〉と転回するのである。これは「アタックNo.1」のような複層性である。だから特有の雰囲気を持っている〈だけど〉という言葉は寺山の辞書にもともとあったのである。とはいえ、やはり「アタックNo.1」の歌のインパクトに無縁でいられたかというと、影響を否定するのは難しいのではないだろうか。逆に、証拠もないのだけれど。ちなみに「時には母のない子のように」というタイトルは黒人霊歌「Sometimes I Feel Like a Motherless Child」からとられたものである。

 寺山が〈だけど ルルルル…〉を気に入ったとしたら、それは言わなくてもわかることは省略したほうがセンスがいいということを尾藤のアドリブに教えられたからであろう。試みに「アタックNo.1」や「おらぁグズラだど」を参考に〈だけど ルルルル…〉のもともとあった歌詞を復元してみると、〈俺らにゃ けものの血がさわぐ/だけど 涙がこぼれる日もある/あしたは きっとなにかある〉とでもなるだろうか。これを見て、「寺山がそんな歌詞を書くか、馬鹿め!」と思った人は、むしろ寺山に失礼になるかもしれない。なぜなら、寺山のもともとの歌詞は、省略してもいいほどのものだった、〈だけど〉以下はパターン化されていて想像がつくようなものだったから省略した、省略したほうがもとの言葉より勝る、ということを既に当の事実が認めらているからである。

 先に、ジョーと力石はよく似た存在だとしてきしておいたが、〈だけど ルルルル〉の〈ルルルル〉で隠されているのが〈涙〉だとすれば、「力石徹のテーマ」では〈泣け明日は〉〈聞けブルース 一人歌うよ/涙は誰にも みせてはならぬ〉と、〈涙〉についてはっきり語られる。人前では強がっているが、一人になったときは、〈だけど〉で語られるような本当の自分が現れるのである。ジョーと力石、二人の歌の歌詞を書いた寺山は、この二人をよく似た者どうしとして把握していたのである。

 

3 寺山修司の歌詞論

3-1 「寺山修司論」の穴

 作詞した寺山修司は、当時三〇代なかばで、文化人として注目されつつあった。学生歌人として出発した寺山は、ラジオドラマを経て劇作家になっていた。エッセイを含め、どれも挑発的な内容を含んでいた。

 アニメ『あしたのジョー』が放送されたころは、自ら結成した劇団を率いて海外公演を行うなど、演劇に軸足を移していた。ボクシングが好きであることを公言しており、また、前年に作詞した「時には母のない子のように」(歌、カルメン・マキ、1969年)がヒットしていたので、アニメ主題歌作詞の話がきたのだろう。

 寺山は、病気のため、若く47歳で没した。独特のキャラクターの持ち主で、没後も人気は長らく衰えなかったが、旧著の復刊や関連書などはさすがに近年は減った。

 寺山修司論というのはたくさんあるが、ほとんどが短歌や俳句、演劇や映画についてであって、寺山の作詞については、なにかのついでに感想程度のものが語られることはあっても、それ自体を深く掘り下げた論考は見たことがない。

 寺山と『あしたのジョー』の関わりについては、アニメ主題歌の作詞をしたほか、力石の葬式をだしたことがよく取り上げられる。いずれも寺山の経歴においてはゴシップていどの扱いである。本稿で取り上げるような「あしたのジョー」の歌詞論は、これまでもこれからもおそらくないだろう。「寺山修司論」方面からではなく「あしたのジョー論」の方面からみても、本稿のような例はないはずだ。

 

3-2 寺山らしさ

 あしたのジョー」の歌詞はストーリーを踏まえているとはいえ、そこには寺山らしさもふんだんに散りばめられている。むしろ寺山が書いた物語であるかのように、逸脱してしまっているところさえある。

 以下では、寺山が書いた歌詞ならではの特徴を、「短歌的発想」と「親と故郷への向きあい方」という点から見てみたい。

 

3-2-1 短歌的発想

 1番の歌詞の前半は、〈サンドバックに浮かんで消える/憎いあんちくしょうの 顔めがけ/たたけ! たたけ! たたけ!〉となっている。重苦しくもおどろおどろしい感じの歌で、まるでサンドバッグは呪具としての形代(かたしろ)で、丑の刻参りで藁人形に五寸釘を打ち込むように〈たたけ! たたけ! たたけ!〉と言っているように聞こえる。

 ボクサーが殴るのは、砂や布の詰まった革袋であるサンドバッグであり、ケンカ相手の顔でもなければ、呪具としての形代でもない。矢吹丈のサンドバッグはたんなる練習の道具ではなく、ジョーはスポーツをするように軽やかにサンドバッグを叩くわけではない。サンドバッグは、〈憎いあんちくしょう〉に襲いかかる野獣のような獰猛なエネルギーを受け止める。サンドバッグに向かうことで、ジョーはスポーツとしてのボクシングへと手なづけられる。ここでサンドバッグは、近代的なスポーツの象徴なのだ。ジョーが頭の中で何を考えていようと、サンドバッグを叩いている限りは、ジョーが持っている荒々しさや禍々しさという前近代的な自然の姿は、外見からはスポーツへと統御・昇華されたように見える。あとで述べるように、ジョーにとってボクシングの技量を超えた拠りどころとなるのは「野性という神秘性」なのだが、スポーツの枠内に絶えず押し込めようとするものと、そこからはみ出そうとするものとの拮抗が矢吹丈を作っている。

 この歌でボクシングに直接関わっているのは〈サンドバッグ〉という言葉だけである。だが、サンドバッグというのは、練習の際に用いる道具である。ボクシングの醍醐味が感じられるのは、やはり試合においてであろう。

 スポーツアニメの歌では試合本番の緊張感が歌われることが多く、それは試合が行われる場所を示すことで表現している。寄り道になるが、60-70年代の作品から例を掲げてみよう。

 

マット・リング・ジャングル

・きのう はぐれた狼が きょうはマットで血を流し()子守唄はリングにゃないぜ(「ジョーの子守唄」作詞、高森朝雄1970年)

・白いマットのジャングルに(「行け!タイガーマスク」作詞、木谷梨男、1969年)

 

 格闘技は逃げ回っていては試合にならないので、戦う場所が狭い空間に限定されている。相撲では土を入れた俵を円形に置いて境界にし、柔道では色のついた畳で区切り、ボクシングやプロレスではロープで囲ってリングとする。以下、ネット経由の雑学だが、リングはもともと字のごとく円形だったが、興奮した客が中に入らないようにロープを張ったという。ロープを張るには杭を立てる必要があり、そのため四角形になった。ロープは選手を逃さないようにするためのものではなく、客を中にいれないためのものだったのである。また、プロレスの興行はボクシングの前座として行われたから、ボクシングと似たリングを使うという。

 リングのことをジャングルというのは何故なのか、また、誰がそう言い出したのかわからない。シンプルで白い平坦なマットと緑の濃い鬱蒼とした密林とはイメージが正反対である。『英治郎on the WEB』には、「jungle」の意味として、「〈俗〉弱肉強食の世界、生存競争の激しい世界[場所]、無法地帯」とある。たしかに密林には多様な生物が潜んでいるし、危険な生物も少なくないだろう。リングでは選手どうしの戦いが繰り広げられるから、その観点からすればジャングルなのである。また、asphalt jungleといえば犯罪が多発する大都会のことで、blackboard jungleといえば校内暴力が多い学校のことだ。

 あしたのジョー』のマンガを読み直していたら、連載の初めの方(1968年)で、段平が「四角いジャングル、つまりリング」と説明しており、また、「そこまで追いつめられなければ四角いジャングルの弱肉強食にたえられんのだ!」(1-75)と、まさに先の引用どおりのことを言っている。

 

コート

・苦しくたって 悲しくたって コートの中ではへいきなの(「アタックNo.1」作詞、東京ムービー企画部、1969年)

・コートでは だれでも一人一人きり(「エースをねらえ!」作詞、東京ムービー企画部、1973年)

 

 『アタックNo.1』のエンディングは「バン・ボ・ボン」で、これにも〈白い白いコートにバンボボボン〉とコートが出てくる。〈バンボボボン〉というのはバレーボールが跳ねる擬音語であろう。『エースをねらえ!』のエンディングは「白いテニスコートで」で、挿入歌は「ひとりぽっちのコート」である。コートでいろんなことが起こっているのである。コートが好きなのである。以上3作の作詞は、いずれも東京ムービー企画部。

 

マウンド、ダイヤモンド

・泥にまみれてマウンド踏んで(「行け!行け!飛雄馬」作詞、東京ムービー企画部、1968年)

・ダイヤモンドをつん裂いて 白いイナズマ おっ走る(「侍ジャイアンツ」作詞、東京ムービー企画部、1973年)

 

 これらは野球のアニメで、マウンドとかダイヤモンドというのは内野の部分を指している。野球ものでは、内野の、特にピッチャーとバッターというそれぞれのチームの代表同士の関係に焦点があてられる。外野で守っている選手なんかほとんど無視である。

 歌詞に〈白いイナズマ〉とあるのは、ピッチャーが投げた剛速球のボールのことである。野球に限らず、球技で白い球を用いるものは、テニス、バレーボール、卓球、ゴルフなどがある。このうちよくアニメになる野球、テニス、バレーボールでは白い球が青春の汚れなさの象徴になっている。

 

・青春ってなんだ? あの白い球!(略)けがれをしらぬ白い球「ああ青春よいつまでも」作詞、保富康午(『ドカベン』)

・わたしは飛ぼう 白いボールになって「エースをねらえ!

・白いボールと青いコートがきっと私に教えてくれる「あしたへアタック」作詞、神保史郎

・白いボールに青春をスパイクさせよう「バレーボールが好き」作詞、神保史郎

 

 野球では、全国高等学校野球大会の開会式で歌われる「栄冠は君に輝く」(作詞、加賀大介1948年)の歌詞〈純白の球きょうぞ飛ぶ〉が印象的だ。白いボールでない球技では、このようにボールに象徴性をもたせるわけにはいかないだろう。王貞治も「白いボール」(作詞:鶴見正夫、1965年)という歌を歌っており、プロ野球の応援歌にも〈白いボール〉や〈白球〉は出てくるが、これらは青春のというより「野球道」の潔癖さ一途さの象徴であろう。

 

 白いボールに脱線したが、以上掲げたアニメソングの例では東京ムービー企画部の作詞が多いことに気づかされる。東京ムービーはかつてのアニメの企画制作会社の大御所である(現在はトムス・エンタテインメントに商号変更)。企画部とあっても、社員の中で作詞のセンスがある一人が書いたものであろう。

 あしたのジョー2』は、力石死後からの物語を描いた続編のテレビシリーズで、1980年からの放送である。主題歌の「傷だらけの栄光」は荒木一郎が作詞作曲している。歌詞の1番では〈見上げれば星のように 散りばめた無数のライト 浮き上がったリングの上は 今日も七色の汗が飛ぶ〉というようにリングの上で起こっているスペクタクル(見世物)を適確に描写している。2番の歌詞でも〈乾き切ったリングサイドは 暗い残酷な淵がある〉とあり、リングがそれ以外とは切り離された特別な場所であることに念を押す。

 あしたのジョー2』は私が高校生のころ放送していて毎回楽しみに見ていたが、おぼたけしが歌う主題歌の「傷だらけの栄光」はいまひとつしっくりこなかった。ところが今この歌を聞くととてもカッコいいのである。そのギャップはどこからくるのか。当時のテレビ放送をYou Tubeで見直したら理由がよくわかった。タイトルバックがどうにもダサかったということを思い出したのである。「BOXING」の文字が明滅し、いかにもコンピューターで描きましたといった粗い線のぎこちない動きの人物が影絵になっているものなのだ。それを見ずに歌だけ聞くとカッコいいのである。荒木一郎の最高傑作だろう。息づかいが聞こえるようなおぼの歌い方も色気があっていい。エンディングの「果てしなき闇の彼方に」もいい。ただ、第2期のオープニング「Midnight Blues」はいつものダルい荒木節が出て眠くなってしまう。

 さて、マット、リング、コート、マウンドのように場所が注目されていることを見てきた。スポーツというのは試合の場所についての細かい指定がある。喧嘩ならどんなところでやってもいいが、ルールにのっとったスポーツは厳密に規定された大きさと平面をもった空間が試合の場所になる。試合中、そこからは逃げられない。このような場所は試合の緊張感と緊密に結びついているので、場所を読み込むことで歌に臨場感がもたらされる。先に引用した「エースをねらえ!」では、〈コートでは だれでも一人一人きり〉とあるように、コートとその時の自分の在り方が結びついている。

 ボクシングのリングは試合が行われる特別な場である。先にも紹介した「傷だらけの栄光」には、試合の時間は〈わずかなこの瞬間にだけは 仕掛けられた花火みたいに 真赤に燃えあがって行く〉という歌詞があるように、それは特別な時間である。リングという小さな場所で、試合の間の短い時間が特別な輝きを放つ。試合の緊張感は、歌という短時間のパフォーマンスにぴったりだ。

 一方、寺山修司作詞の「あしたのジョー」にはこうした場所は描かれない。つまりは、試合が描かれないのである。他の多くのスポ根アニメの主題歌が好んで試合の場面を描こうとするのとは対照的だ。寺山はボクシングが好きだったと言われるが、サンドバッグを叩いたことはあっても、リングの上で試合をしたことはないのだろう。もちろん他の歌の作詞者もリングで試合をしたことはないだろう(テニスやバレーの試合くらいはあるだろうけど)。また、テレビをみればリングの雰囲気はわかる。けれど寺山がそうしなかったのは、自分の直接の経験から湧き出るものをもとにして歌詞を書いていったということなのかもしれない。そしてジョーが立つべきなのは小さなリングではなくもっと大きな場所である〈荒野〉だと思ったのである。リングという小さな場所で完結するような物語ではなく、もっと人生に全般にかかわる物語に見立てたのである。

 サンドバックは寺山がジョーと共感しようとしたときに見出した接点であった。ボクシングをどういう切り口で見るかというときにサンドバッグという具体的な物をきっかけに、そこからサンドバッグを叩く者の気持ち(憎い相手を叩きのめす)を想像し、さらにその人物がどういう性質を持った人物か(野獣でありながら繊細)にさかのぼっていったのである。

 

3-2-2 親と故郷への向きあい方

 寺山らしさは2番の歌詞によく表れている。ここで寺山節は全開になる。〈親のある奴は くにへ帰れ〉とか〈俺らにゃ 荒野がほしいんだ〉というところに寺山ワールドが凝縮されている。〈くに〉というのは故郷のことである。

 〈親のある奴は くにへ帰れ/俺とくる奴は 狼だ〉というが、物語のなかではこういう展開になる場面はない。ジョーが口にしそうなセリフでもない。アニメが始まったときはマンガのほうは力石が死ぬところまで進んでいたので、寺山もこのマンガの登場人物がどういう思考回路を持っていたかわかっていたはずだが、寺山のこの歌詞は『あしたのジョー』の主題とは明らかにずれている。

 〈親〉や〈くに〉をずっと主題にしてきたのは寺山である。自身の経験がそうさせた。寺山が五歳のとき父親は出征し、そのまま帰ることなく戦病死した。母親は九州にある米軍のベースキャンプで働いたため、寺山は、中学高校時代は青森の叔父のもとで暮らしていた。寺山はフィクションを交えた自伝の中で、自分のことを「親なし児」だと書いたり、短歌などでも母は死んだことになっている。「時には母のない子のように」という歌を作詞したりするなど、父も母もいない孤児としての自分を想像することを好んだ。

〈親〉や〈くに〉の共同性が持つぬくもりや束縛の対極にあるのが、索漠としているが自由な〈荒野〉である。寺山には『あゝ、荒野』(1966年)という長編小説がある(主人公はボクサーを目指している)。〈荒野〉は西部劇を思わせるカッコいい響きがあるから好んだのだろう。当時、「青年は荒野をめざす」(五木寛之1967年)という小説や同題の歌(ザ・フォーク・クルセダーズ1968年)もあり、当時の流行語といっていいだろう。

 寺山の故郷は青森である。人間関係が濃密で、風土的にも暗く、雪の多い冬のあいだは家の中に閉じ込められ、日差しが弱く湿った土地というイメージのある東北は、自由で無法で、陽光がまぶしく乾燥して風に吹かれるイメージの荒野とは正反対である。荒野というのは束縛するもののない自由なところであるが、逆に生きていくのに必要なものが乏しい過酷な環境でもある。にもかかわらず〈俺らにゃ 荒野がほしいんだ〉というのは、自分の運命への叛逆と自分にないものへの憧れということだろう。

 少年マガジン』の連載開始は1967年暮れで、ジョーが連載とリアルタイムで生きていたとすれば、このときの年齢は15歳だから、ジョーは1952年頃生まれたことになる。ジョーの経歴は家庭裁判所でこう紹介される。「物心ついたときにはすでに両親ともゆくえ不明であり(略)保護された養護施設にはいっこうにおちつこうとはせず、脱走につぐ脱走をかさね、はてはドヤ街にながれこみ」(2-14)。ジョーは戦災孤児ではないが、高度成長の社会経済の激変のなかで変化していった家族のひとつなのかもしれない。

 いずれにせよ、ジョーには故郷と呼べるものはない。幼くして両親はいないし、施設から脱走して放浪していたので、学校にも行ったことがない。ドヤ街に流れ着き、宿屋で無賃で泊まろうとするが、「屋根の下で寝たかったら昼間一生懸命働け」と断られてしまう。ジョーは集団就職全盛の時代に仕事もしないで放浪している。セリフでも「流れ者」であると繰り返されているが、ズタ袋を肩にかけ口笛とともに登場するアニメ版では、小林旭の渡り鳥みたい雰囲気が漂っている。一か所に定住しないから、どこも故郷にならないのである。しかし、ドヤ街の橋の下に作られた丹下ジムで暮らすうちに、そこが故郷になったのである。力石との戦いののちに放浪の旅に出たジョーは、しばらくして再びドヤ街に戻ってくる。丹下ジムが「帰る場所」になったのである。歌詞には〈俺らにゃ 荒野がほしいんだ〉とあるが、実は、〈俺らにゃ 故郷がほしいんだ〉というのが本心なのである。

 寺山は自分の故郷や親を愛していた。一方で、そこに閉じ込められることも恐れていた。だから、古い因習が残る田舎からの「家出のすすめ」を若者に説いたし、自らの創作においては、親のない子であるかのようなふるまいを好んだ。寺山は、ジョーのような風来坊に理想の一片を見ていたのかもしれない。

 ところが歌詞では、〈親のある奴は くにへ帰れ〉と、反対のことを書いている。〈くにへ帰れ〉というからには、その前に〈くに〉を出ていなければならない。家出やあるいは集団就職などで〈くに〉を離れた者たちの多くは、親の期待どおりに生きられず、〈くに〉に帰りにくくなっている。〈くに〉で親が待っている者は、苦しいときに逃げ帰る場所があるということだ。受け入れてくれる親を持たない者は、死にものぐるいでその場所で生きていくしかない。〈親のある奴は くにへ帰れ〉というのは反語で、実際の親のあるなしではなく、たとえ親がいたとしても親がいない者のように孤独になって覚悟を決めろということだろう。親を捨てよ、故郷を捨てよ、ということだ。〈くにへ帰れ〉と言われて、おずおずと荷物をまとめて故郷へ帰るようでは話にならない。

 この点では、力石もジョーと境遇は同じである。力石の生い立ちはよくわからない。力石の経歴はプロデビュー後から始まる。寺山作詞の「力石徹のテーマ」では、力石は〈親無し宿無し〉であるとされている。〈親無し宿無し〉であること(=荒野に生きていること)が、男を強く凶暴にしたかのようである。と同時に、〈涙は誰にも みせてはならぬ〉とあるように、一人でいるときは逆に寂しさに泣くのである。

 力石もジョーも、〈帰る故郷があるならよかろ/俺にゃ故郷も恋もない〉(鶴田浩二「さすらいの舟唄」作詞、佐伯孝夫、1952年)ということは同じなのである。似たものどうしが戦っているのである。

 

3-3 野性という神秘性

 ジョーを理解するキーワードのひとつに「野獣」がある。寺山が作詞した主題歌では〈けものの血〉が流れていると言われ、〈俺とくる奴は 狼だ〉という。寺山ばかりではない。エンディングの「ジョーの子守唄」は高森朝雄の作詞だが(既に述べたが、高森朝雄梶原一騎の別名義である。『あしたのジョー』連載時に『巨人の星』を同じ雑誌で連載していたため名義を変えた)、そこでも〈きのう はぐれた狼が/きょうはマットで 血を流し〉と、ジョーを狼に見立てている。狼は人間に飼い慣らされることがなく、ライオンもトラもいない日本では、狼が野性の動物の代名詞になっているといっていいだろう。アニメ映画第1作の主題歌も「美しき狼たち」と「狼」がついている。『あしたのジョー2』の主題歌「傷だらけの栄光」(作詞、荒木一郎)は、曲想は全く異なるのに、〈俺の身体を 流れるこの非情な血潮が 解き放たれた野獣みたいに しだいに燃え上がって来る〉と、そこでもジョーと野獣との連想の結びつきが見られる。

 ジョーは、どのような意味で「野獣」なのか。先に述べたように、リングは弱肉強食の四角いジャングルである。段平はこう言う。「飢えきったわかい野獣でなければ四角いジャングルつまりリングで成功することはできないっ!」(1-75)また段平は、ジョーに惚れ込んだ理由をこう言う。「そのパンチにぞっこんまいっちまったんだ。その野獣の目にすっかり魅せられちまったんだ」(1-68)。ボクサーに必要な資質として、獲物に食らいついて離さない貪欲さや鋭い勘を持っているということだ。たんにボクシングの技術が優れているだけの人間はどこにでもいるが、理性的な人間には超えられない限界を突破できる得体のしれない飢えを持っているのである。

 テレビシリーズの各話のタイトルも野獣であることに注目する。

あしたのジョー』・・・1.あれが野獣の眼だ!、3.けものよ牙をむけ!、7.狼を裁くな!、56.よみがえる狼、57.傷ついた野獣

 

 あしたのジョー2』・・・7.さまよえる野獣のように、9.そして野獣は甦った、23.燃える野獣と氷、39.ジャングルに野獣が二匹

 

 ジョーの原点は野獣であることにある。野獣というのは比喩だが、野性味の強い人間ということだ。文明化が進むと人間は弱々しくなる。弱々しくなった人間がおとなしく管理される羊の群れだとすれば、その羊の群れの対極にあるのが飢えた孤独な狼である。

 ジョーの特別性は、並はずれた野性にある。人が失った野性を、なぜかまだ持っているのである。その野性は、試合でピンチに陷ったときなど、一気に形勢を逆転してしまうほどの力を持つ神秘的なものである。そうした野性は、未開で野蛮なものとして排除されるのではなく、現代人が憧れるロマンチックなものである。私たちが矢吹丈の荒々しさに憧れを抱くのは、ジョーが、今では失われつつある自然につながっているからだろう。

 野性には粗野、礼儀知らずというマイナスの意味がある一方で、旺盛な生命力というプラスの意味もある。また、野性には自由を求める意味も込められている。『あしたのジョー』連載の前年に『野生のエルザ』(1966年)という映画がヒットしていた。野生ライオンの子どもを人間が育て、再び野生の群れに戻す、はたしてうまくいくのか、という話である。アニメ好きの人は細田守の『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)を思い出すかもしれない。人間に手なづけられない野性が残り火のようにあって、きっかけさえあれば野性が復活する。その『野生のエルザ』の原題が『Born Free』なのである。自由に生まれたということである。

 矢吹丈は風来坊という「放ったらかしの自由」を生きてきた。そして次は、ボクシングにおいて「ルールの枠内で自己流をもちこむ自由」という姿を見せてきた。私たちが矢吹丈に歓声をおくるのは、この人は飼い慣らされずに自分を貫いてなんとかやっていけることを示しているからだろう。

 野性は、既存の知識に縛られない自由な発想の源である。実は、ジョーはテクニック的にそれほど凄いものを持っているわけではない。金竜飛のチョムチョムとか、ホセのコークスクリューのような必殺技があるわけではない。クロスカウンターが決め技だったが、これは簡単に攻略されてしまう。ジョーに残されたのは自分自身に従うことだけである。打つ手がなくなり開き直ったときに出るのが両手ブラリ戦法である。理屈からは生み出されないが、野性の勘が与えてくれたものである。

 また、「立て! 立つんだジョー!」というおなじみのセリフは、野性の底知れない逞しさに期待したものである。倒れても立ち上がる姿に相手は化け物でも見るように恐怖する。相手を攻略するテクニックがないので、何度ダウンしても再び挑む身体的なタフさで対抗するしかない。

 物語の後半は、カーロス、金竜飛、ハリマオ、ホセとの戦いである。彼らに対し、ジョーの野性がどこまで通用するかをずっと描いている。金竜飛は幼少時に経験した朝鮮戦争で地獄を見てきたボクサーである。生死の境をくぐり抜けて「本当の飢え」を知っている金の前では、ジョーのハングリー精神など子どもだましである。ここではジョーの野性がロマンチックな幻想にすぎないことがあばかれている。野獣などと言っても、所詮は整然としたリングを四角いジャングルなどと吹聴したあげくのハリボテである。結局、金にはトラウマがあり、血を見ると錯乱するという信じられない理由で負けてしまうことになる。

 ジョーは、ボクサーとして成功していくと野性を失っていく。ジョーから野性がなくなるということは最後の切り札がなくなるということだ。ハリマオは、ホセ戦の前に、ジョーの野性を蘇らせるために白木葉子がマレーシアから連れてきたボクサーである。計算された試合ではホセに勝つことはできない。人知を超えた野性が必要なのである。

 ホセ戦では、片目が見えなくなったためにかえってパンチがあたりだす。これは野性ではなく、理屈で理解できるものであり、理由がわかったホセにいなされてしまう。ホセ戦でジョーの野性が見られるのは、ホセのコークスクリューを無意識のうちに真似するようになるところだろう。試合中の短時間のうちに相手の技を盗んで、それを実戦で使えるまでにしてしまうのである。実は、このミラーリング能力は、少年院での青山戦ですでにやっていたことである。追いつめられたジョーはフットワークやスウェーバックなど、青山の技術を見よう見まねで取り入れる。それを見た段平は「ジョーの素質はただものじゃねえ。ただの素質じゃねえ!」(4-173)と興奮する。追いつめられたときに発揮されるこの能力は、生き延びようとする野性の本能だろう。相手の十八番を取り入れるというのは力石も対ジョー戦で見せていた。力石もまた野獣なのである。「力石徹のテーマ」では〈狼〉に喩えられている。

 ところで、『あしたのジョー2』第45話で、まるでかなわなかったホセにパンチが当たり出したジョーはこんなことを思っていた。放浪した幼い時を回想しつつ、「どうだ、何とかなるじゃねえかよ、ほんとによう、何とかなっちまうもんさ、先の事なんかさっぱりわからなくたってよう、かっこはついちまうもんさ。おれは今までそうやってやってきたんだ。どんな時にも。一人で。」

 〈そのうちなんとかなるだろう〉という植木等の「だまって俺について来い」(作詞、青島幸男)みたいないい加減さだが、矢吹丈という人物の生き方を端的に表わしていると思い、私はこのセリフにとても感心した。矢吹に限らず、現実の私たちも、振り返ってみれば、たいした将来設計もないまま何とかやってこれたのではないだろうか。ジョーはホセとの戦いでも何ら勝算があるわけではなかった。実際、最初のうちはまるで歯がたたなかった。しかし自分の思惑を超えたところで、理由がわからぬまま何がどうしたのか「何とかなっちま」ったのである。おそらくジョー自身も、困ったときには自分自身が持っている不思議な力が何とかしてくれると思っていたのではないか。その「不思議な力」が野性なのである。その野性は、幼い頃からの過酷な環境を生き延びることで身についたものなのだ。

 

3-4 「あした」の文学性

 あしたのジョー』を理解するうえで避けて通れない重要なキーワードは、なんといっても「あした」である。もちろんこれはタイトルに使われているから誰でもそう思うだろうが、もともとのタイトルは違うものだった。雑誌連載時の初代担当編集者である宮原照夫によれば、原作者梶原一騎の最初の案は『四角いジャングル』、主人公の名は「矢吹悟」。宮原の提案で名前はカタカナでも読める「丈」となり、タイトルは宮原が考えた『左の丈』『一発屋ジョー』などがあったが決まらず、梶原が文学的だけどと断りながら『明日のジョー』を提案、漢字をやめて『あしたのジョー』に決まったという。(『あしたのジョー大解剖』サンエイムック、2021年、p32-33)(『四角いジャングル』は、梶原ののちの作品のタイトルに流用されている。)

 梶原の他の作品『巨人の星』『タイガーマスク』と比べても、『あしたのジョー』のタイトルは雰囲気が異なっている。『タイガーマスク』は主人公の名前そのままだし、『巨人の星』というタイトルは抽象的でダブルミーニングであるが、作品の主題がよく表されていてわかりやすい。逆にタイトルがわかりやすかったので、物語がタイトルを超えられなかったとも言える。飛雄馬は巨人軍で一番になるという目標を脱せられなかった。巨人軍という枠を超えられなかった。いつまでも巨人で一番になる手前でとどまっていて、一番になったかと思ったら選手生命が絶たれてしまった。

 一方、『あしたのジョー』というタイトルはどういう意味なのかよくわからない。「あした」とは何なのか、いかようにも解釈しうる。ひろがりのあるタイトルなのである。他のスポ根アニメ、『アタックNo.1』や『エースをねらえ!』といったタイトルにもわかりにくさはない。これらも『巨人の星』パターンである。つまり「星=No.1=エース」という、一番になることを目指そうというものである。ところが「あした」というのは、一番を目指そうというのとは違う。一番はいつか手に届くことがある。だが「あした」はどこまで行っても追いつかない。

 「あした」は作中でも印象的に使われる。鑑別所に入れられたジョーに段平が送るハガキの通信教育が「あしたのために その1」である。ボクシングを会得することは、落ちぶれた生活が続く永遠の「今日」から脱出するための方策になる。段平はこう言う。「たとえきょうの日はどんなにみじめでも拳闘をわすれねえかぎり、あしたって日がひらけるんだっ」(2-23)。「あした」という魅力的なワードが作品を引っ張っている。

 想像力を刺激するよくできたタイトルの言葉は歌詞にも採用されることになる。寺山作詞の「あしたのジョー」には〈あしたは きっとなにかある/あしたは どっちだ〉とあり、〈あした〉が決めのフレーズに使われている。いろいろ不満や葛藤が述べられてきても、〈あした〉が持ち出されるとそれらモヤモヤの全てを押し流してしまう。

 憎いあいつの顔が浮かぶサンドバッグを叩けとか、少年院の夕焼け空がぎらぎら燃えているというのは、怒りや闘志の表現である。それを〈叩け!〉〈吠えろ!〉〈やるぞ〉とヒートアップさせ、理由付けを〈けものの血がさわぐ〉〈荒野がほしい〉〈闘う意地がある〉と述べる。だがこの燃え盛った気持ちは最終的にどこへ向かえばよいのか。ボクシングの試合という具体的な目標がある場合はいいだろう。しかし多くの人にとっては空回りするしかない。不満からくる怒りは、あてのない虚空に向かうことになる。その気持ちの落ち着きを取り戻すために〈だけど ルルルル〉と気分を沈静化させ、さらに〈あしたは きっとなにかある〉と目先を転換させる。歌詞の構成は、「怒り→高揚→沈静→転換」ということになるだろう。

 これは、受け入れにくいものを受け入れるときの心の変化である。受け入れにくいものの極限は「死の受容」であるが、その過程に似ている。エリザベス・キューブラー=ロスは『死ぬ瞬間』で、病気などで人が自分の死を告げられたとき、その運命を受け入れるまでに5段階の過程があることを示した。「1否認、2怒り、3取引、4抑うつ、5受容」である。この5段階は、死のみならず、人があらがえない運命を受け入れるときに共通して経る過程でもある。ただ、いつも5段階がきれいにそろうわけではない。

 あしたのジョー」の歌詞をこの5段階に分解してみる。

 

・サンドバックに浮かんで消える/憎いあんちくしょうの 顔めがけ/たたけ! たたけ! たたけ!/俺らにゃ けものの血がさわぐ →怒り

・だけど ルルルル →抑うつ

・あしたは きっとなにかある →受容

 

 歌詞は〈サンドバックに〉と始まるから「ボクシングの語り」のように思われてしまうが、たしかに前半はそうなのだが、〈だけど〉以下になると、明らかに「人生の語り」にシフトしている。そのため、歌詞全体のなかでボクシングは人生の一時期、あるいは人格の一部の比喩になる。『あしたのジョー』という作品タイトルじたいが、ボクシングという競技の次元に価値を置くのではなく、より高次のレベルを問題にしていることを示している。

 ただ、作詞者はこの「文学的」なタイトルをさらにひねってみせる。〈あしたは きっとなにかある〉と受容のそぶりを示したと思わせておいて、続けて〈あしたは どっちだ〉とはぐらかすのである。どちらかの方向を選びとって進もうとしても手がかりはなく、さあ〈どっちだ〉と突き放されては、動き出せない。この〈あしたは どっちだ〉というのは、〈あした〉に対する寺山の皮肉ではないか。〈あした〉という言葉は人を期待させ〈なにかある〉と思わせるが、実際それは言葉による仮構にすぎないので、〈あした〉なんて来るかどうかわからない、ということではないか。とするなら、これは主題歌による、『あしたのジョー』という「かっこいい」タイトルに対する挑戦ではないか。

 テレビアニメの予告編は、丹下段平役の声優、藤岡重慶によるもので、毎回「ジョーのあしたはどっちだ」と締めくくられた。いうまでもなく主題歌を意識した言い回しだろう。この場合の「あしたはどっちだ」は、「ガチンコファイトクラブ」の引きの強いナレーション、「一体どうなってしまうのか」と同じである。作中人物であるジョーもまた、自分がどちらへ転がっていくのかわからない。ジョーの行いが「あした」につながっているかどうかは誰もわからない。「あしたのジョー」は本当に「あした」を向いているのか。「あした」というのは時間が経過すれば来るというものではない。迷いながら探さなければならないものなのだ。予告編の「あしたはどっちだ」は作劇上の展開を示す言葉なので、これはジョーの試行錯誤を意味している。だが、主題歌では〈あしたは きっとなにかある〉と持ち上げておいて〈あしたはどっちだ〉と落とすので、シニカルに聞こえるのである。

 『ジョー』関連の他の歌でも、〈あした〉は使われている。

 

・きのう はぐれた狼が/きょうは マットで血を流し/あしたを めざして立ちあがる(略)立たなきゃ きのうに逆もどり(「ジョーの子守唄」作詞、高森朝雄

・泣け明日は 今日は狼(「力石徹のテーマ」作詞、寺山修司

・明日は明日の陽が昇るだろう/お前も昨日にはもう戻れやしないのさ(「果てしなき闇の彼方に」作詞、荒木一郎

 

 一覧して気づくのは、「昨日はどうした、今日はどうだ、明日はどうする」という対句になっていることだ。これは文を作りやすい。「あした」というキーワードがあるおかげで、作詞はしやすくなったといえる。

 昨日、今日、明日は単なる繰り返しではなく、それぞれ価値づけが異なる。「ジョーの子守唄」に顕著だが、今日は昨日の延長上に存在するとしても、今日で転轍して、ろくでもない昨日とおさらばし、輝ける明日を獲得する。昨日と明日を異なるものにするのは今日にかかっているのだ。「果てしなき闇の彼方に」でも過去は〈かなしい想い出〉に彩られている。一方、未来も果てしない闇に包まれているが、前進するしかない。〈明日は明日の陽が昇るだろう/お前も昨日にはもう戻れやしないのさ〉というときの〈明日〉には、もうそれほどの期待は込められていない。時間に運を委ねて気ままに生きるしかないのだ。

 実際、「あした」は希望にあふれているばかりではない。「あした」には際限がない。具体的な達成レベルを設定せず駆動力のみによって突き動かされ、止むところがない。今に満足せず「あした」を追い求めていっても、永遠に「あした」の地点にはたどり着けない。

 力石がいなければジョーはいつまでも「はぐれ者のあした」を追い続けたままだっただろう。力石は、エネルギーを隠し持ったジョーに方向性を与えた。明確な目標を与えた。力石はジョーの「明確なあした」になった。しかし力石は死ぬことによって、「永遠にたどり着けないあした」になってしまった。力石に追いつくにはジョーもまた死ぬしかない。「もっともっと」と際限なく人を駆り立てるのが「あした」である。「あした」を追い続けたジョーが結局どうなったかというと、「真っ白な灰になって燃え尽きた」のである。

 おそらくたいていの『あしたのジョー』論は以上のように述べるだろう。だが私には、それは力石を過剰評価しているように思う。力石はジョーの最大のライバルであり、死んでからもジョーに影響を与え続けた。作中ではそのように描かれている。だが、本当にそうなのか。ジョーが力石にこだわる理由が、作劇上の都合以外にあるとは私には思えないのである。風来坊だったジョーが、喧嘩に負けたというだけで、その相手に一生まといつくようにこだわるとは思えない。ジョーという人間は、もっといい加減なやつなのではないか。

 先に、『あしたのジョー2』第45話のセリフを引用しておいた。もう一度紹介しよう。「どうだ、何とかなるじゃねえかよ、ほんとによう、何とかなっちまうもんさ、先の事なんかさっぱりわからなくたってよう、かっこはついちまうもんさ。おれは今までそうやってやってきたんだ。どんな時にも。一人で。」

 ジョーにとって最後の戦いとなるホセ戦で、人生を回顧するかのように漏らした心内語である。私には、このいい加減さのほうがしっくりくる。これは風来坊の生活を送ってきたジョーの「あした」を生きる生き方である。おそらくジョーにとって「あした」というのは、その先がどうなっているかはわからないし、特別な対処もしないけれど、なんとかなるようなものとして捉えられていたのではないか。「あした」は輝きで人を導いてくれるようなわかりやすさをもっているわけではなく、ただ混沌としているだけなのだ。その混沌の中でたまたま選び取った「力石ルート」に乗ったらここまで来てしまったけれど、ジョーその人はそんなに「あした」を求めるタイプの人ではなかった。ジョーをその気にさせたのは、ジョーの周囲の人々、特に丹下段平なのである。

 永遠にたどりつけないという意味での「あした」としては、世界同時革命を目指した「よど号ハイジャック」犯人が残した「我々は明日のジョーである」という言葉は、表記はともかく、その用法は正確だったということになるだろう。「あしたのジョー」というのは「あした」を目指す運動のことであり、過程のことだったのである。

ラララのアトム、ルルルのジョー(その1)アトム編

 

谷川俊太郎が書いた「鉄腕アトム」の歌詞

 谷川俊太郎の詩のアンソロジー『いつかどこかで 子どもの詩ベスト147』(集英社文庫、2021年)収録作品中、一番ページ数をとっているのが「みみをすます」(1982年)である。長さもそうだが、質からいっても本作がこのジャンルでの谷川の代表作といっていいのではないか。「みみをすます」という澄んだ緊張感のある響きから始まる詩はすばらしいと思っていて、この本を親戚の子どもにプレゼントしたことがあった。

 谷川はどこからこの「みみをすます」という言葉を見つけてきたのだろうと思っていて、ふと『鉄腕アトム』の主題歌を口ずさんだときにそれがわかった。『鉄腕アトム』は1963年から放送された、日本初の本格的なテレビアニメシリーズである(手塚治虫の漫画は1952年連載開始)。その31話から使用された主題歌の作詞に、詩人の谷川が起用された。60年ほど前だが、その後もアニメ化されたときにこの主題歌は使用されたし、アニメソングの原点となる作品なので知らない人はいないだろう。

 その歌詞の2番はこうなっている。

〈耳をすませ ラララ 目をみはれ/そうだ アトム 油断をするな〉

 ここに〈耳をすませ〉が出てくる。これが初出ではないだろうか。谷川の他の作品を調べてないのであてずっぽうではあるが、そうなら面白い。

 ところで、アトムの歌で〈耳をすませ〉に対応させられているのが〈目をみはれ〉である。これはちょっと違和感がある。「目を見張る」というのは、目を大きく見開くことであるが、これは驚いたり感心したりしたときにとる様子である。他の漢字では「瞠る」であり、熟語では「瞠目」である。「目を見張る」は慣用表現なので、それを命令形にすることは規格外の用法である。この場合は〈目をみはれ〉と命令形になっているが、目を見張るのは不意の出来事に驚かされることなので、他人に驚けと命じられて驚くことではない。

 ものをよく見るときは、目を見開くのではなく、逆に目を細める。カメラの絞りと同じで、光量を少なくすることで焦点深度が深くなる。この歌では、アトムに〈油断をするな〉と言っている。つまり五感を働かせて周囲を警戒せよと言っている(ロボットだから味覚、嗅覚、触覚はなさそうなので残りは二感か)。〈耳をすませ〉に対応する言葉は「目をこらせ」のほうがふさわしいのではないか。だが目をこらすというのは一点を注意深く見つめるという意味である。アトムは全方位に注意を怠ってはならないので、事前にターゲットが定まっているのでなければ、目をこらすだけでは不十分だ。(驚いて「目を見張る」場合も、一点を見つめる感じになる。)

 おそらく谷川は「見張る」ことからの連想で〈目をみはれ〉としたのだろう。「見張る」には、目を大きく開いて見つめることと、見渡して番をする、という二つの意味がある(『角川国語辞典』)。だから〈耳をすませ ラララ よくみはれ〉とでもすれば、すっきりした意味になっただろう。けれど〈耳を/目を〉と対語にしたために、警戒の意味の「見張る」が、「目」と結合して、驚くという意味を生じさせてしまったのである。だから〈目をみはれ〉という歌詞を理解するには、これは「目を見張る」という慣用表現ではなく、〈目〉と〈みはれ〉という語は分けて考え、後者のもつ「見渡して番をする」という意味で理解せよということになる。歌詞にどうしても〈目〉を入れたかったのは、アトムの顔は大きい目が特徴だからかもしれない。アトムが目を細めているのは様にならない。また、後に述べるようにアトムの目はサーチライト付きだから、〈目をみはれ〉というのはアトムの用語法で、「目をサーチライトのように用いよ」ということ……なのかもしれない。

 さて、ロボットアニメの歌では、例えば『マジンガーZ』の〈とばせ鉄拳ロケットパンチ 今だだすんだブレストファイアー〉のように、武器の名前が叫ばれる。だがアトムの歌では、武器ではなくロボットの高い性能が称揚される。それは何かというと〈ジェット〉である。アトムの歌詞で〈空をこえて ラララ 星のかなた/ゆくぞ アトム ジェットの限り〉というのがそうである。

 アトムの両足は、空を飛ぶことができるジェット・エンジンを装備している。アトムの身体能力として第一にあげるべき能力が、ジェットの機能なのである。もちろん人工頭脳搭載なので頭はいいし、鉄腕というくらいだから力は強いのだけれど、スピードがあるというのが第一に掲げられるのである。敵を破壊する力があるだけではたんなる乱暴者だが、そうではなく、逃げたり撹乱させたりするために軽快な移動が役に立つのである。

 歌詞でも〈空をこえて ラララ 星のかなた〉〈町角に ラララ 海のそこに〉とあるように、場所を頻繁に素早く移動できることがアトムの特徴である。そうしたことを可能にするのが〈ジェット〉の力なのである。

 実は6,70年代というのは、不思議なパワーを持つものとしてジェットが流行った時期でもある。「少年ジェット」(1959年)「スーパージェッター」(1965年)などは、場所を早く移動できることが問題解決につながっていることを示すネーミングであるし、『サイボーグ009』(1964年)で、009の秘密兵器である加速装置は、スピードを増幅させる機能のことである。敵を攻撃し破壊するのではなく、正面からの戦いを避け、思いもかけない素早い行動で敵を煙にまくのである。武器の強力さを誇るよりスピードがあるほうが選ばれている。サイボーグ002はジェットという名前で、アトムのように空を飛ぶ。アトムの続編は『ジェッターマルス』(1977年)というアニメで、アトムそっくりの少年型ロボットが主人公だ。手塚治虫の『マグマ大使』(1965年)はテレビ版の歌詞に〈ジェット気流だ 新兵器〉とあるように、マグマが腕をぶんぶんまわすことでジェット気流が起こる。『ウルトラマン』(1966年)の科学特捜隊は〈自慢のジェットで敵をうつ〉とあるようにジェットビートルが主力機で、『マジンガーZ』(1972年)でマジンガーZがパワーアップするとき用意されたのは空飛ぶ翼ジェットスクランダーと、移動式の操縦室ホバーパイルダーの後継機はジェットパイルダーである。とにかく名前になんでもジェットをつけるとカッコよく強そうに聞こえる、そういう時代だったのである。

 歌詞にもあるアトムの「7つの威力」は、時期によって設定に変化があるが、1963年のアニメ版では、「電子頭脳、人工声帯、1000倍の聴力、サーチライト付きの目、原子力の動力、足のジェット、お尻に装備されたマシンガン」である(ウィキペディア参照)。これらのうち攻撃オンリーの武器はマシンガンだけで、あとは人間の能力を拡張させて比喩的に置き換えたものである(手塚治虫はアトムを破壊マシンにするのを嫌った)。〈耳をすませ ラララ 目をみはれ〉という歌詞も、上記の7つの威力を作動させたものであるが、劇中でもっとも効果的に使用されるのが足のジェット噴射である。7つの威力のなかに何故か「腕力があること」が入っていない。それは鋼鉄のロボットとして当然だからであろうが、〈心やさし〉いアトムの強さを強調したくないのであろう。そもそもアトムは物体として小さく軽量級なので、他のロボットとプロレスをするには不利である。パワーを増強することを競い合うのではなく、すばしっこく動いて敵の弱点や隙を見つけるほうがいいだろう。

 2番の歌詞、〈耳をすませ ラララ 目をみはれ/そうだ アトム 油断をするな〉と、3番の歌詞、〈町角に ラララ 海のそこに/今日も アトム 人間まもって〉は、1番の躍動感のある歌詞とは雰囲気が異なっている。2番と3番は、要するに油断しないで人間を守れということである。〈耳をすませ、目をみはれ、油断をするな〉というのは命令である。〈人間まもって〉というのも、明確に言えば「人間を守れ」という命令であろう。アトムはロボットであり、ロボットは人間のために作られたのだから命令されているのである。人間とロボットは対等な存在ではない。ところが3番には〈みんなの友だち 鉄腕アトム〉とあって、友達という対等な関係であると言っている。人間の下僕なのか友人なのか。この矛盾はアトムの悩みでもある。

 鉄腕アトムは子どもの体型である。それは何故なのか。天馬博士が事故で死んでしまった息子トビオそっくりにロボットを作ったから子どもなのであるが、なぜそういう設定にしたのか。違う言い方をすると、アトムはなぜ小さいロボットなのか。おそらく大きいロボットであれば、脅威を感じてしまうからであろう。日常生活の中に溶け込んで、親しみやすいロボットであるために小さく設計されたのである。(『鉄腕アトム』の原型である『アトム大使』では、アトムは、地球人と宇宙人という二項対立を和解させる媒介的存在である。少年でありロボットであるという非中心的な存在であることから、その役割を担わされたのだろう。)

 また、アトムは人工頭脳を持っていて自律型である。つまり自分の判断で行動することができる。これは、人間のいうことをそのままきかない可能性があるということである

。反抗はしなくても、人間の命令を誤解して受け取る可能性もあるし、命令に対して非人間的な過程により判断をする可能性もある。これは今のAIに対する恐れと同じである。自律型のロボットはそれだけで脅威である。

 アトムはフランケンシュタインのモンスターの流れをくんでいるが、このモンスターも死体を寄せ集めた人造人間で、自分で判断し、行動し、結局は人間に対して敵対的な行動をとるようになる。人工頭脳もそうだが、人間の作ったものには完全なものはないという古今東西共通するテーマがある。あるいは完全なものであっても、人間を基準にしないで、人間を害悪とみなして排除するというのもお決まりのパターンである。人間は自分が作ったものについて無意識のうちで恐怖を抱いている。映画の『ウエストワールド』(1973年)も『ジュラシック・パーク』(1993年)も、人間はいくら高度な科学技術を持っていても、造物主としては十分であることをテーマにしている(いずれもマイケル・クライトンが原作)。

 もし自律型のロボットが大きかったら脅威もおおきくなる。鉄人28号やマジンガーZガンダムは自分だけで勝手に動くことはない。人が操縦しなければ動かないようになっている。人が作るものは不完全なので、自律したものを作ると暴走する。暴走したら手に負えない。だから魂を抜いておく。エヴァンゲリオンも人が操縦するが、そのものの魂が残っていたので暴走するのである。人間は自律型ロボットに恐怖を感じている。だからアトムにいろいろ命令する一方で、それは命令ではなく友情でそうしてほしいと、〈友だち〉として受け止めてほしいと期待しているのである。

 鉄腕アトム』は最初期のロボット漫画なので、アトムは素直なお利口さんに造形されているが、少し時代がたつと「反アトム」とでもいうべき反逆児たちが登場する。それが『Dr.スランプ』(1980年)のアラレちゃんや『AKIRA』(1982年)のアキラである。アラレちゃんも自律型で子どもの形をしたロボットであるが、大人の思惑通りには動かず、トラブルばかり引き起こす。アキラは人間だが、軍の研究施設で能力を開発されたモルモットである。アキラも大人の手に負えず暴走してしまう。アトム、アラレ、アキラといずれも3文字で語頭に「ア」がつくのは偶然ではないだろう。アトムは歌では〈心やさし、心ただし、みんなの友だち〉と人間にとって脅威ではないことが繰り返されるが、それは不安の裏返しでもある。アトムはいつアラレやアキラになるやもしれぬ。歌という呪文によってアトムが暴走しないように抑え込んでいると、聞き手に安心感を与えているのである。〈心やさし ラララ 科学の子/十万馬力だ 鉄腕アトム〉と歌われる。気持ちが優しいこと、科学技術の精華であること、とてもパワーがあること。これらは本来なんの因果もないことであるし共存が難しいものである。バラバラなことを3つ並べているのは、アトムという存在が、人間に都合よくバラバラなものが統合されるよう望まれていることを示している。アラレちゃんは自分勝手だし、アキラは科学の子ではなく超自然の子で科学的に制御できない。だがアトムは、どれもがほどほどなのである。

 最後に、アトムのジェットの機能に関わることで、もう一つ気になることを述べておく。

 よく知られた冒頭を再度確認してみよう。〈空をこえて ラララ 星のかなた/ゆくぞアトム ジェットの限り〉となっている。たいていの人はここに何の違和感もないだろう。だが、〈空をこえて〉というけれど、空というのは越えられるものなのだろうかと、ふと疑問に思ったのである。山を越える、峠を越える、海を越えるとはいうが、空を越えるとはどういうことなのか。

 何かを「越える」ためには、そこに区切りがなければならない。山や海は境界に幅を持ちながらも、ある範囲として区切ることができ、富士山とか日本海といった固有の名付けをするように分割することができる。それらを「越える」ことは可能である。ところが、空はあまりにのっぺりとしていて境界がなく、特定の範囲で区切ることができない。領空権というのはあるが、それは地上の権利を空に延長したもので、空じたいに目印があって区切られたものではない。

 ネットには「あの空をこえて」という用例が見つかったが、範囲が曖昧であっても「あの」と特定されれば「越える」ことは論理上可能である。だが、たんに〈空をこえて〉というだけだとどうなのか。

 歌詞は〈空をこえて〉の後は〈星のかなた〉と続いている。アトムは〈空をこえて〉〈星のかなた〉へ行ったのである。空を地表と並行した空間と考えていたから区切りはないと思っていたのだが、垂直方向で考え、地球の大気圏(=空)を越えて宇宙空間に出ていったということであれば、空にも区切りが生じるので、「越える」ことができそうである。アトムの小さなジェットで大気圏を突破できるか心配だが、そこは詩的誇張である。また、ジェットエンジンは外部から空気を取り込む必要があるから宇宙空間で役に立たなくなるのではと思ったが、ウィキペディアには、足のジェットエンジンは、「宇宙空間ではロケットに切り替わり最大マッハ20で飛ぶ」と書いてあった。(https://ja.wikipedia.org/wiki/鉄腕アトム#アトムの7つの威力)やはり「ジェット」というのは不可思議な威力のある装置というほどの意味なのであろう。〈空をこえて〉と〈星のかなた〉のつながりが〈ラララ〉で遮られていたからわかりにくかったのだ。アトムは〈ラララ〉と楽しそうに鼻歌でも歌って〈空をこえて〉いきそうだ。

唱歌「故郷(ふるさと)」は今でも日本人の心の原風景か?

 夕飯の準備をする妻は、鍋の蓋を開けたり閉めたり、まな板で包丁をトントンしたり、右に左にボクサーのようにキュッキュッと忙しなく動いている。

 私はテーブルで、コンビニの安物ワインを手酌でグラスに注いで飲んでいる。ツマミはスーパーの惣菜で買ってきた鴨肉である。酔って目がとろんとしてきた。今日は一日、外で野良仕事をしていたのでクタクタだ。

「これ本当に鴨の肉なのかな。売るほど捕れるのかな」

「知らない。鶏かも」

「でも、鴨っぽい味がするよ」

「そういう風味のエキスを垂らしてあるんじゃない」

「ふーん。美味いからいいけど」

 またワインを一口飲んで妻に聞いた。

「ねえ」

「なに。忙しいんだけど」

「ウサギって食べたことある」

「ないわよ」

「美味いのかな」

「知らない」

「ばあちゃんが、戦時中はウサギを食べたって言ってた」

「ふーん」

「皮を剥いて逆さに吊るしてたんじゃないかな。想像だけど」

「かわいそう」

「赤むけだったんだろうな」

「うえーっ」

因幡の白兎って話があるでしょう」

「あー、出雲神話

「そう、オオクニヌシが、いじめられてたウサギを助ける話。あのウサギはワニに皮を剥かれたことになっている」

「ワニ? 日本にいたの?」

「サメのことらしいけど」

「サメにしても、ウサギの皮を剥くなんて器用なことができるの?」

「神話だから」

「ガマの穂に寝転ぶんでしょ。ふわふわして気持ちよさそう。そこだけリアルな感じがする」

「皮を剥がされたら死んじゃうから、毛をむしられて血が滲んだということだと思いたい」

「鳥なら羽をむしるのは簡単だけど、ウサギの毛を全部むしるのは手間がかかりそう」

「ウサギが皮を剥かれたというのは、そうやって食べられていたということなんだろうね。今はウサギはペットであって食べるイメージはないけど」

「あんな可愛い生き物、食べたくなーい」

「この話では、ウサギはワニをだまして仕返しされたけど、カチカチ山ではウサギは悪いタヌキをやっつけるよね。知恵者なんだよ。トリックスターというやつ。因幡の白兎もワニを騙して仕返しされたけど、そういう知恵がはたらく」

「月で餅をついているよね、ウサギ」

「あれはジャータカ起源だね。老人に食べ物を与えるためにサルやキツネは木の実や魚を取ってきたけど、ウサギは何もなかったから燃えている火に飛び込んで自分を食べてくれと我が身を捧げた。それで感心した老人、実は神様なんだけど、みんなが見るようにウサギの姿を月にとどめたんだ」

「ふーん、セーラームーンって仏教説話が起源なんだ」

「仏教とバニーガールと女子高生と魔法少女竹取物語と戦隊モノのチャンポンだね」

「火に飛び込むって話は、ウサギは食べるものという風習があったから生まれた話よね」

「そうだね。サルやキツネは食べたくないな。昔は日本でもサルを食べたみたいだけど。でも同じ霊長類だから病気が感染しやすい」

「うえーっ」

「国宝の「鳥獣戯画」にウサギやカエルやサルが擬人化されて出てくるでしょ。でもシカやイノシシは擬人化されていない。ウサギがシカに乗って川を渡っている。イノシシは貢物として引かれている。シカやイノシシは狩猟の対象として人間にとってその役割がはっきりしていたからかな。ウサギやカエルは身近にいたけど、利用価値の低い曖昧な存在だったからか」

「ふーん」

「ウサギってどういう味なのかな」

「食べたいの?」

「そういうわけじゃないけど」

ジビエであると思うよ。シカやイノシシほどじゃないけど。野原を駆け回っているから脂肪は少なくて、さっぱりしてそうだわね」

「ちょっとネットを見てみるか。あ、実際、野ウサギを捕まえて焼いて食べた人の感想があった。やっぱり脂肪はなくて、臭みもなくて食べやすく美味しいって書いてある。「コクのある鶏むね肉みたい」だって」

https://heposara.com/archives/ウサギ(野うさぎ)の味はどうなの?食べてみま.html

「それでもあたしは食べたくない。コテツみたいでかわいそうだもん」

 コテツというのはうちで飼っている太ったネコである。保健所からもらってきた時は握り拳くらい小さかったが15年も経つうちにツチノコのように丸々としてきた。

「コテツなんかアブラっぽくて食べられないよ」

「うえーっ」

「非常食にとっておくよ」これは冗談である。

 

 テーブルに料理が並べられ、妻も席に着いた。

「どうしたの?」

「え?」

「なんで急にウサギの話するのよ」

「「故郷(ふるさと)って歌があるでしょ。大正時代に教科書に載った唱歌

「ウサギおいし、かの山~ってやつね」

「そうそう」

「え? それで? あのウサギは美味しいとかか不味いとかじゃなくて、追いかけるってことでしょ」

「そうなんだけど」

「勘違いしやすい歌詞で有名じゃない」

「「赤とんぼ」の〈負われて見たのは いつの日か〉も勘違いされやすくて、これも「おう」なんだけど、赤とんぼの大群に追いかけられたと思っている人がいるらしい」

「「故郷」でウサギを追いかけたから、「赤とんぼ」ではトンボに逆襲されて追いかけられたってわけ?」

「「赤とんぼ」の「おう」は、ねえやに背負われてトンボを見たってことだよね。作詞の三木露風は幼い頃に母親が離婚して家を出て行き祖父母に育てられたから、ねえやが雇われたんだ」

「豆知識あるんじゃない。そんならウサギが美味しいんじゃなくてウサギを追いかけたってことは当然わかってることでしょ」

「だから、ウサギを追いかけてどうするの」

「遊んでるのよ、子どもが」

「なんで追いかけるのかってこと。遊びは仕事の模倣だとすれば、それは何をやっていることになる?」

「追いかけっこ?」

「誰と?」

「ウサギと」

「ウサギは追いかけられはしても、追いかけてはこないでしょ。イノシシじゃないんだし」

「ふーん。じゃあ、たんに追いかけてるんでしょ」

「それは狩猟をしてるってことだよ。狩猟ってことは、追いかけて、捕まえてからどうするのかというと、結局食べることになる。ウサギの肉が美味しいというなら、なおさらそうだ」

「それじゃ結局、ウサギ追いしは、ウサギ美味しにつながってるってこと?」

「だね」

 妻が包丁を手にしたまま振り返った。

「でもここは〈追いし〉でしょ。〈かの山〉という場所とセットで思い出してるんだから〈美味し〉というのはおかしいでしょ。野外でバーベキューでもやったのかってツッコミたくなるわね。山で追っかけたのよ」

「それは歌詞を見れば〈兎追ひしかの山〉ってなっているから争うところではないけどさ。それに文字を見なくても、文語調の歌詞だから、口語ふうの美味しいという意味ではそぐわないし、「美味し」では語幹だけだし、違和感があるからおかしさに気づく。美味しいということなら〈兎うまし〉にするはずだと想像できる」

「それなら、いいじゃない。まだ何か問題が?」

「ウサギってピョンピョン跳ねるように走るから、相当早いでしょ。子どもが追いかけたって捕まらないと思うよ。大人の脚だって無理だろ。うちのコテツだって外に出ちゃえば人間には捕まえられないよ」

「いいえ、コテツはつかまるわよ。年寄りのデブ猫でヨタヨタしてるから」

「それは今だからね。小さいころは捕まらなかったじゃん。小さいけど素早い」

「だから?」

「追いかけるっていうのは、捕まえることが予測できる場合に言うでしょ。ウサギを見つけてもすぐ逃げられちゃうんじゃ、ウサギ逃げしかの山だ。だから単純に後ろから追いかけたわけではなくて、ウサギ網を仕掛けておいてそこに追い込んだのかもしれないし、友達と何人かで巻狩をしたのかもしれない」

「何それ?」

「巻狩っていうのは、獲物を四方から囲い込んでだんだん狭めて捕まえるやり方だよ。最後は銃とか弓矢で仕留めるけど、ウサギなら棍棒で殴れたんじゃないかな。今は狩猟の方法や対象は法律で規制されているけど、戦前のことだから」

「ふーん」

「昨日読んだ本にこんなことが書いてあった。元朝日新聞の記者が、「故郷」を作詞した高野辰之の生地、長野県永江村(現、中野市)を訪ね、高野辰之記念館の元館長に話を聞いた。永江では大正時代まで2月下旬に「兎追い」をしたんだって。山の麓に子どもたちが一列に並んで、大声を上げて雪山を駆け上る。するとウサギが驚いて逃げる。それを猟師が待ち伏せていて鉄砲でズドンと撃つ。獲物は小学校の校庭でウサギ鍋にして食べたってさ。(伊藤千尋『心の歌よ!』新日本出版社2021年、176頁)」

「か弱いウサギを、残酷~」

「狩猟ってそんなもんでしょ。やっぱり巻狩ってことだね。あ、ネットにもこんな記事があるよ。

  「作詞者である高野辰之は長野県出身である。「兎追いし」という歌詞は高野の時代は実際に学校の伝統行事であり、みんなでマントを着て、手をつなぎ輪になって大声を上げながら雪の山を登る。驚いた兎を追い込み捕まえる。兎鍋にして学校の校庭で食したとのこと。その頃は大事なタンパク源でもあった。おそらく高野は作詞にあたって幼少のころの思い出深い学校での行事、級友と鍋を囲んで食べた兎鍋は懐かしさが溢れる出来事だったのであろう。」(文部省唱歌ふるさと100年の変遷を辿る)

 言ってることは伊藤の本と同じだから、これは記念館の説明文にこう書かれているのかもしれない」

「山でウサギを追いかけるって、かなり限られた地域の話よね。山の資源を生活に利用する里山のことだと思うけど、このあたりも裏山があるわけでもないし、日本人全員のふるさとにするには特殊じゃない?」

「この歌は日本人の心の原風景だとか言われてるけど、山でウサギを追いかけたことがある人はほとんどいないだろうね。この唱歌の作詞作曲者が誰なのかは長いことわからなかったし、日本人がみんな巻狩を経験したとも思えないから、ウサギを追うという歌詞は、たんに野山にウサギがいるくらいのイメージで受け取られたんじゃないかな」

「あたしの実家は里山に近かったけど、それでも子どものころウサギがそこら辺を走っているのを見たことはないわよ。そういう歌がどうして原風景になるの?」

「ウサギを追いかけることが重要ではなくて、〈兎追ひし〉というのは〈かの山〉を導き出す序詞なんだよ。要点は〈かの山〉にある」

「ふーん」

「次は〈小鮒釣りしかの川〉でしょ。これも〈小鮒釣りし〉は、〈かの川〉を持ち出すための序詞みたいなもんだよ」

「こぶなって?」

「ときどきスーパーで甘露煮にして売ってるのあるよね。小さい魚」

「あー、あれ」

「小鮒は三面をコンクリートで固めた今の用水路でも釣れるらしいから、昔の石積みの川ならもっといたろうね。そういう川なら日本全国そこらじゅうにありそうだ」

「小鮒っていうくらいだからフナの小さいのってこと? でも、フナ自体がよくわからないけど」

「コイを小さくしたようなのがフナだよ。ヒゲがないのが特徴。いくつか種類があるけど素人には見分けるのが難しい。金魚だって改良されたフナだし」

「身の回りにいる親しみやすい魚ってことね」

「小鮒釣りだから、これも子どもの遊びの範疇だね。たくさん捕れればおやつくらいにはなるだろうけど、本格的な仕事とはいえない。仕事の模倣としての遊びだ」

「昔は家の周りでいろいろ調達したのね」

「うん。小鮒じゃないけど、うちの前の小さい水路にはドジョウがたくさんいて、筌(うけ)を仕掛けておくとバケツにいっぱいとれた。昭和40年代くらいだけどね。童謡の「どじょっこふなっこ」では、ドジョウもフナも農村にいる身近な淡水魚としてひとまとめにされている」

「それを食べたの?」

「ドジョウはバケツに入れて泥をはかせて、玉子とじにした。柳川だね。うなぎの小さいやつみたいなもんだ」

「ふーん」

「ウサギで〈かの山〉、小鮒で〈かの川〉を出して山と川がそろった。これでふるさとの風景が構成されたわけだ。遠景に山があって、手前に田畑が広がっていて、田畑の中に民家があって、その近くを小川が流れている」

「原田泰治の絵にありそう。もはやそういう田舎はバーチャルなものになったんじゃなない? 絵の中にしかない」

「それはしかたないね。高度成長は田舎の景色を変えてしまったから。都会に出ていった人には田舎の風景は心の中のものだし、田舎に住んでいる人にとっても目の前に存在しない心の中のものだ。古き良き風景は二重に遠のいた。だから心の原風景ということになる」

「この歌は男の子の外の遊びを歌ってるから、女のあたしが聞いても、懐かしくないはず。あたしはウサギを追いかけたこともないし、小鮒を釣ったこともない。でも、この歌を聞くとなぜかしんみりした気持ちになる。曲調のせいかな」

「曲はしんみりしたものではあるけれど、それだけでは懐かしさという複雑な感情は生まれないよ。言葉がないとね」

「ウサギを追いかけたり、小鮒を釣ったりしたことはなくても、それぞれの人が自分の子ども時代の経験をあてはめてるのかしら」

「よく言われるのは、曖昧に書くことによって、個々人の体験を代入することができるということで、曖昧にしか書けない人が、そういう理屈を言ったりする。でも君が言うのは、具体的に書いてあることから聞き手が自分の体験を連想していくってことだね。具体的に書いてあっても、想像をはたらかす障害にはならないということ?」

「〈かの山〉〈かの川〉ってところは「コソアド」の遠称だから、自分の経験を代入できるんじゃない? ウサギや小鮒のところは、自分の経験と直接つながらないけど、代わりになるような子どものころの思い出に置き換える」

「本当にそんな面倒な手続きで歌を聞いたり歌ったりしているの? そもそも、歌の最中は歌詞があるから、他のことは考えていられないでしょ。ウサギおいしという言葉が頭を占めている時に、それとは別に、木登りしたとか、トンボを捕まえたとか考えていられないじゃない。女の子ならあやとりとかお手玉とかでもいいけど。時間とともに流れ去っていく言葉が換気するイメージについていくのがやっとで、それ以外に複雑な反応はしていられないよ」

「うーん、じゃあ、聞き終わってから自分のことに置き換えるかな」

「ほんとかい? 歌を聞いたあとに復習してるのか?」

「うーん、してないか」

「聞き手は、この歌詞は具体的なエピソードを語ることによって、子ども時代ののどかな経験を思い出させようとしていることがわかる。だから聞き手は、そこで語られている個別具体の経験に反応するのではなく、具体的なエピソードから帰納される子ども時代への郷愁という心の動きそれ自体に反応しているのではないか」

「まあそうかも」

「違う言い方をすると、歌詞で語られていることを、いちいち自分の身に置き換える必要はないんじゃないかな。自分の身に置き換えるというより、そのまま語り手の心の動きに共感してるんじゃないか。歌詞でいちいち聞き手自身の経験を呼び覚ます必要はない。肝心なのはミラーニューロンみたいに共通した心の動きを作ることでしょう。そのためには、個別具体の素材が語り手の心にどういう気持を湧き上がらせているか想像できればいい。悲しいとか寂しいとか懐かしいという説明的な言葉を好む人は、それが苦手な人なのではないか」

「経験にともなう心の動きは人間だいたい同じだから、ひとつ例示すればわかるでしょ、ということ?」

「そうだね。歌詞で語られる個別のエピソードが自分に合致した経験ではないから共感できないというものではないでしょう。個別のエピソードが喚起する情感というものをすくいとることができる。そうでなければ「蛍の光」なんかとっくに廃止されているよ。蛍の光や窓の雪明かりで勉強したことなんか一度もないんだから。それに例えば「万葉集」に「信濃道は今の墾道(はりみち)刈株(かりばね)に足踏ましむな(なむ)沓(くつ)はけわが背」という歌があるけど、いまどき切り株の突き出た道なんかないから、この歌の気持ちがわからない、という人はいないでしょう」

「今なら、旦那さんが長期出張するときに、気をつけてねと送り出すみたいなもの?」

「かな」

「じゃあ、結婚してない人は共感できない?」

「いや、大切な相手を先回りして心配する気持ちは誰にもあるでしょう」

「わかるけど、歌詞の内容と聞き手の経験にあまりにズレがあると共感は薄れると思う。「蛍の光」は歌詞の内容を説明してもらわないとわからない。知識を経由しないと共感が生まれない。ただ、「蛍の光」は卒業式に歌われる歌として別離の感情がセットになっているから、歌詞の内容が詮索されることもあまりないけど」

「知識経由で共感が形成されることはあると思うよ。というより、むしろそのほうが殆どじゃないかな。何も媒介せずダイレクトに理解できるものなんて少ない。万葉集もそうだけど、解釈を聞くことで共感が形成される。むしろ千年以上経っても人を思う気持ちは変わらないんだと知ると、そのぶん感動が深まる。解釈を聞いても宇宙人の言語のようで理解できないというなら古典として残らない。複雑な情感は社会的に構築されたものだから、男女の基本的な関係は千年以上変化してないということだろう」

「古典として残るものならいいけど、たいていのものは言葉や感覚が古くなるとどんどん新しいものに取り替えられていくでしょ。「仰げば尊し」は前から人気が廃れていたけど、「蛍の光」も文語調でわかりにくいからと歌われなくなってきているみたい。代わりに「旅立ちの日に」とかJポップが人気ね。「故郷」の歌詞も文語だからわかりにくいと敬遠されそう。内容的にも、高度成長以降は都会でも原っぱが消えたから、今どきの都会育ちの子どもにウサギを追いかける歌は通用しないかも」

「そうだなあ。自然はテレビで見て知っているかもしれないけど、田舎暮らしというものを知らないかもしれない。親が田舎の出身でお盆には子連れで帰省して、田舎の山野に親しむということがかつてはあったが、都会育ちの第二世代になると親の実家も都会になるから帰省も減少する」

「田舎を知らない子どもが増えれば「故郷」は何を言っているのかチンプンカンプンね」

「都会育ちの故郷はアスファルトとコンクリートで囲まれている。例えば、尾崎豊は両親は岐阜の田舎から東京に出てきたんだけど、本人は都会で生まれ育ったから、〈立ち並ぶビルの中〉〈アスファルトに耳をあて〉というのが、彼のふるさとの風景になっている。山はビルに変わり、小川はアスファルトでふさがれて暗渠になってしまった。それでも自分をとりまく環境に対する探究的な態度は似ている。何がどこにあって、どうすればいいかわかっている」

「田舎に接する機会が減少したんなら、最近のキャンプブームはその反動だと言えるんじゃない?」

「キャンプでウサギ追いしや小鮒釣りをイメージするのか、新世代は」

「世代的な理由による共感の低下のほかに、そもそもこの歌は男の子の外の遊びを歌ってるから、女のあたしが聞くのと男のあなたが聞くのと共感の程度が違うと思うのよね。都会に出て志を果たすというのもそうだけど。そういう歌を日本人の心の原風景と言われてもしっくりこない。でも、よくおばさんたちが合唱してるけど、それも不思議なのよね」

「たしかに、立身出世にまつわる傷心だからな。でもそうした具体性は考慮されず、日本人全体の郷愁を呼び起こすものにされている」

「なにかにつけて故郷を思い出すという部分は男女共通だし、そういう都合のいい部分だけを抜き出して受容されていると思う。それと故郷というものを持たない人たちにとっても、子ども時代はあるわけだから、子ども時代への郷愁の歌として受けとめられているのかも」

「ためしに「故郷」の歌詞を曖昧なものにしたらどうなるかな」

「〈野原を駆けたあの頃 川で遊んだあの時〉ってのはどう?」

「あははは。小○○正っぽいね。ウサギも小鮒もいないから誰にも当てはまりそうだ。「当てはめ主義」あるいは「代入主義」の人が採用しそうな歌詞だ」

「「ポケモンGO」なら外で遊べるから、現代でも通用する歌詞ね」

「現代の野原はヴァーチャルの中に存在している。〈ピカチュウ追いし かの山 コイキング釣りし かの川〉」

「あ、ピカチュウってウサギじゃない?」

「耳が長いからね。でもウサギにしては尻尾が長い。尻尾はリスっぽい」

「チュウだからネズミ?」

「ネズミの特徴は尖った鼻でしょ。ミッキーマウスをご覧よ。ピカチュウは鼻が潰れていてネズミっぽくない」

「あははは」

「さっきの〈野原を駆けたあの頃 川で遊んだあの時〉には山がないけど、山はどうした?」

「山が近くにない人もいると思って。それに、山や川はなくても、〈あの頃〉という過去は誰にでもあるものだから、空間を限定する言葉ではなく時間を示す言葉にしたの。これなら、故郷を離れていない人でも、故郷をもたない人でも、自分の過去を懐かしむことができる」

「日本は山がちの国だから、山がないのはどうかな」

「でも山と川だけで日本人の原風景が構成されるの?」

「桃太郎の昔話で、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きましたってあるでしょう。柴刈りっていうのは焚き木をとりに行ったんだね。庭に生えている芝生の芝じゃないよ。木切れだ。山と川が生活と仕事の場だった」

「おじいさんはお年寄りなのに毎日山登りするんじゃたいへんね」

「山といっても、林のことをヤマという地域が各地にあるんだよ。昔は、地形の平坦・傾斜を問わず、生活の資材を採取してくる空間をヤマと言ったらしい。ヤマは生産の場だから。逆に、山のことをモリと言う地域もある。モリはもともと土地が盛り上がって小高くなったところを指していたけど、転じて木が生い茂る森を指すようになったんだろうね。いずれにせよ、山に柴刈りへ行ったといっても山登りしたわけじゃないと思うよ」

「そうなの? 山と川のほかに海はないの? 日本は海に囲まれてるでしょ。桃太郎だって海を渡って鬼ヶ島に行くわ」

「海が見える場所って限られてるよ。海は一番低いから、海岸近くにこないと見えない。ちょっと離れると土地の高低や木や工作物に遮られて見えなくなる。一方、山はかなり離れたところからも目に入る」

 

 夕飯の料理を食べ終えて、緑茶を啜りながら、なおも話を続けた。

「歌詞の続きだけど、〈夢は今もめぐりて〉というがわかりにくいのよね」

芭蕉の辞世の句に「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」というのがあるでしょう。それを思い出させるよね。芭蕉の句は、旅の途中で病の床に伏しているけれど、心は自由に野原を駆け巡っている、というほどの意味だと思うけど、この「夢」というのは、過去を思い出すことを指してそう言っているのか、あるいは、今の自分の動かない体に比して想像力は自由に羽ばたいているということを言っているのか、あるいは、将来こうしたいということを言っているのか、どのようにも読める。「故郷」の〈夢は今もめぐりて〉の〈夢〉も、同じように、過去の思い出、ウサギを追ったとか小鮒を釣ったとかみたいな子ども時代の記憶が大人になった今も次々思い出されるということなのか、あるいは歌詞の3番に〈こころざしをはたして いつの日にか帰らん〉とあるから、立身出世という夢というか野望があって、それをいまでも諦められず故郷に戻れないということなのか」

「文脈からすると昔の思い出のことを〈夢〉と言ってるんじゃない? 1番の歌詞で立身出世を持ち出すと複雑になりすぎる」

「〈夢は今もめぐりて 忘れがたき故郷〉の〈めぐりて〉は頭の中をぐるぐる巡っているイメージかな。夢にとらわれている。〈今も〉というのがクセ者だね。これは本来もっと気楽に扱ってもいいはずの故郷の話題に、いまだにかなりの比重が置かれているというふうに読める」

「思い出を引きずっているのね」

「〈今も〉をどう解釈するかね。〈夢〉が思い出のことだとすると〈今も〉という言葉のニュアンスがもつ時間的距離は子ども時代からの距離で、子どもの頃の思い出を〈今も〉思い出しているという意味になる。一方、〈夢〉が将来叶えたい志のことだとすると、〈今も〉が意味するのは、その志は叶えられそうもないのに、いまだに諦めきれず頭の中を占拠されているという未練がましい惨めな境遇の絵になる」

「それなら、この〈夢〉というのは思い出のことなんでしょうね。将来の〈夢〉にいつまでもしがみついているという意味だと陰気くさい特殊な歌になってしまう。でも、思い出のことをあえて〈夢〉というのは、思い出以上のものがあるのかな」

「故郷を出て何年もたち、記憶が鮮明ではなくなってきたから〈夢〉と言ってるのでは」

「そうか」

「でもぼくはこの二つは混じり合っているような気がするな。理想化された過去を〈夢1〉とし、理想化された未来を〈夢2〉とすれば、自分を東京に縛り付ける立身出世という〈夢2〉が何年も実現されないので、故郷との断絶が長くなり、そのぶん故郷に関わる保存された記憶に歪みが生じ〈夢1〉へと理想化される。〈夢2〉に拘束される不自由さが、たんなる過去の思い出を〈夢1〉に変質させる。故郷は、そこに戻りたいという未来にもなって、過去以上のものになる。〈夢2〉に媒介されて〈夢1〉が生じる」

「ホームシックというとまだ日が浅い感じがするけど、もうちょっと深刻な感じ? ノスタルジー?」

「ノスタルジーというのは現状への適応不全が生み出す心の病のひとつで、もともと戦争で遠く家を離れた兵士たちにみられた心の病だった。2番の歌詞は〈雨に風につけても 思いいづる故郷〉となっているから、甘美な郷愁というより、もっと不安定な精神状態を思わせる」

「私はひとり暮らしをしたことがないからわからないけど」

「ぼくは大学で東京に出たとき1か月くらいは苦しんだな。よく上京したての大学生があやしげな団体の勧誘の標的にされるじゃない。共同体的親密さを偽装して近づいてくるからやられちゃう」

「この歌がなんだか病的な内容に思えてくるんだけど」

「この歌はノスタルジーをかきたてると同時に、そういう気持ちをバネにして現状を乗り越えさせる機能も持っているんじゃないか。歌うことで、自分の気持ちが客観視できる。だからこの歌は、老人が目に涙を溜めて歌うものというより、青年に向けた歌だと思う」

「今は大人が歌うことが多いけど、もともと子ども向けに作られた唱歌なんでしょ」

「そうなんだ。「故郷」が不思議なのは、この歌は子どもたちに歌わせる目的で作られた唱歌なのに、内容的には大人の歌、故郷を出た人たちの歌だということだ。子どもに未来の視点から過去を振り返らせていることになる。なんかこうあるべきだみたいな押しつけがある。都会に出ても故郷のことは忘れるなよって。知らないうちに、そういうふうに感性を養成されているというか」

「作詞の高野辰之ってほかにどういう歌があるんだっけ」

「「春の小川」「春がきた」「もみじ」「朧月夜」なんかだね」

「わー、子どものときに音楽の時間に歌わされた歌だ」

「どれも今目の前にあるきれいな景色を歌っているもので、「故郷」のように強烈な郷愁はない」

「たしかに「故郷」はちょっと変わってるかも。逆にそれが大人に親しまれている理由でもあるんだけど」

「大人になって自然にこういう気持ちがあふれるぶんにはかまわないけど、子どものうちからそう感じるように仕込まれるのはどうなのか」

「よく言えば涵養ね」

「この歌を子どものときに親しませておくというのは、この歌を歌った記憶じたい、ウサギを追うことや小鮒を釣ることと同じく、子ども時代の記憶のひとつになる。故郷を懐かしむ感受性がこの歌で刷り込まれると同時に、将来、懐かしさを作動させるスイッチにもなる」

「なぜ、そんなことをさせるの」

「いつか帰ってきてもらうためだよ。3番の歌詞に〈いつの日にか帰らん〉とあるでしょ。故郷を出ていくのはいいけど、故郷のことは忘れずに帰ってきてもらいたい。それは作者の意図とは離れているかもしれないけど、そういうふうに利用されている気がする」

「〈こころざしをはたして いつの日にか帰らん〉っていうところね。大志を果たさなければ帰れないということなら、なかには帰れない人もいるわけね。帰りたいけど帰れない、みたいな」

「帰りたくないという人もいて、室生犀星の「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」という「小景異情 その二」なんかそうでしょう。懐かしい場所には帰りたいものだ、というステレオタイプにひねりを加えている。この詩が収録された『抒情小曲集』(1918年)が出たのは「故郷」(1914年)が教科書に掲載された四年後だ」

「近いのね。実際、遠くで思っているだけのほうが理想が崩れなくていいけど」

「〈こころざしをはたして いつの日にか帰らん〉という歌詞は、実は、帰るといっても故郷に帰ってずっと故郷で暮らすというわけじゃないんだよ。だって〈こころざしをはたし〉たということは、それなりの社会的な地位があるわけで、社会を動かす重要な決定は全部東京で行われているんだから、その人が大きな〈こころざしをはたし〉たのであればあるほど東京から離れられなくなるでしょう」

「〈いつの日にか帰らん〉というのは、いわゆる「故郷に錦を飾る」っていうことなのね」

「そうだね。郷土の誇りとして親戚や近所の人や役場の人が集まって、のぼりをたてて出迎えてもらう。夜は宴会をして、翌日は講演をしたり出身校に出向いて生徒に話をしたりする。数日間の凱旋だよ。そしてまた東京に戻って仕事をする。本格的に故郷に根を生やすのは退職後だろう。〈こころざしをはたして〉というのを、リタイア後と解釈できなくもない。そうなるとスケール感が増すなあ」

「昔は交通が不便だから、今みたいに気軽に帰れなかったでしょうし。今、役場に垂れ幕や横断幕を設置してもらえるのはスポーツ選手くらいじゃない? 全国大会とかオリンピック出場おめでとう、みたいな。文化人はないわね。政治家だと安倍さんや菅さんが首相になったとき出身地の役場で横断幕が掲示されたことが問題になった」

「昔から、故郷に帰りたいという詩はいくつもあって、古くは陶淵明の「帰去来辞」がそうで、これは長年の役人暮らしを辞めて田舎に帰ろうというもそうなると〈こころざしをはたして〉というのも文字通り受け取ると、それは、一定の職責を果たした後にということになるなあ」

うちの子が「うっせぇわ」に影響されて困っています

 某市、某中学校で保護者面談がおこなわれた。

「先生、最近うちの娘と全然会話にならないんです。何を言っても「うっせぇうっせぇ」で、取り付く島がないんです。しかも妙なフシがついてるんです。前はこんなんじゃなかったのに。ほんと素直で良い子だったんです。いったいどうしちゃったんでしょう、先生」

「おかあさん、それはネットで流行っている歌のせいですよ」

「ネットで?」

「ええ。「うっせぇわ」っていう歌がありましてね、サビで〈うっせぇうっせぇうっせぇわ〉って言ってるんです」

「まあ、そんな下品な歌があるんですの」

「ちょっと聞いてみますか。スマホですが」

「あまり聞きたくはないですけど・・・娘を理解するために聞いてみます」

 

 「うっせぇわ」(歌、Ado、作詞・作曲、syudou、2020年)視聴

 

「これ、歌っているのはまだ高校生の女の子なんですよ」

「まあ、随分ドスがきいた声だこと」

「子どもに聞かせたくない歌として、世のお母さんがたが頭を抱えているんです」

「みなさん同じことで悩んでらっしゃるのね」

「子どもは影響されやすいですからね。ですが、じきに飽きるでしょうから、少しのあいだの辛抱ですよ」

「だといいんですけど」

「むしろ流行ってよかったということになるかもしれませんよ」

「え? どうしてですか」

「爆発的に流行るものほど、古くなるのも早いんです。半年たってもまだ〈うっせぇうっせぇ〉なんて言ってたら、そのほうがダサいってことになりますよ。ですから、流行語になってくれたということは、むしろ排除されるものになったということです」

「半年後にそうなっていればいいですけど」

「「うっせぇ」ならまだいいんですけどね」

「よくはないですよ」

「これが「くっせぇ」とかに変化するとイジメになりますから」

「それはひどすぎます」

「実はもう早々に「くっせぇわ」という替え歌がYou Tubeにあがっていたりします」

「誰でも思いつきそうですものね」

「おじさんが上司のおじさんに対し〈くっせぇくっせぇ〉と言っている歌です」

「加齢臭? 歌っているのがおじさんなら、自分だって臭ってるんじゃないかしら?」

「それが、加齢臭ではなく、足の匂いがクサイとズラしているんですよ。自分を同類からはずすために」

「卑怯ですね」

「「うっせぇわ」の歌詞にも〈くせぇ口塞げや限界です〉とありますから、いずれは〈くっせぇ〉の方向に連想が向く可能性はあったんですけどね」

「はあ。その「うっせぇわ」の歌のことはよくわかりました。それで、うちの娘の進路のことなんですが・・・」

おたくの娘さんのことはともかく」

「ともかく?」

「少しおいておきまして、もう少し「うっせぇわ」について話したほうがいいと思うんです」

「え? なんでですか」

「これも、子どもたちのことをよく理解してもらうためです」

「はあ、そうなんですか」

「そうなんです。それで、おかあさんは、この歌を聞いてどうでしたか」

「どう、って・・・そうですね、その「うっせぇわ」ってなんか変な言い方だと思いました」

「そうですよね。私も子どものときは親に反抗して「うるせぇ」とは言いましたけど、「うっせぇ」と言った記憶はないし、あまり聞いたこともないんです」

「不良っぽいです。うっせぇ、なんて」

「方言かもしれませんね。ヤンキーって地元愛が強いからその土地の言葉を使うんですよ」

「そうなんですか」

「『遊子方言』みたいに言えば「ヤンキー方言」ですかね」

「『遊子方言』?」

「吉原言葉をネタにした江戸時代の戯作です。深い意味はありません」

「はあ。うーん、「うっせぇわ」に「わ」がついているのは歌い手が女性だからですか?」

「それは関係ないと思います。男性でも強調の意味合いで「わ」をつけることがあります。歌では〈うっせぇうっせぇうっせぇわ〉となっていて、最後の締めで〈わ〉をつけています」

「どうして「うっせぇわ」になったんですか」

「私なら「うるせぇわ」ですけど、でも、それだと曲にのらないですね。〈うっせぇうっせぇ〉って。そうすると〈るっせぇるっせぇ〉ですかね。「る」にアクセントを置きたいし、そこは巻き舌で強調したいから「る」を省略できない」

ねぶた祭りの〈らっせー らっせー らっせーらー〉と似ていますね」

「口癖のように短く「うっせ」という子どもたちもいます。「うるせぇ」を強く一言で言いたいときには「る」が強調され「るっせぇ」と怒鳴り口調になり、口癖のように軽く短く言う場合は「うっせ」になるのかもしれません。「るっせぇ」は相手の言うことの否定、「うっせ」は遮断ですね」

「若い人は、「うざい」の意味で「うぜぇ」ってよく言ますね。〈うっせぇ〉にはその影響もあるんじゃないですか?」

「「うざっ」とか「キモッ」とか、短い言葉のほうが人を刺しますね。それに反論するのは長い言葉になるから迫力が削がれます。「うざくない」とか。反論する方も短い言葉を考えるべきですね」

「娘がもっと汚い言葉を覚えて、親のことを、ジジィ! とかババァ! とか罵るようになったらと思うとゾッとします」

「人を罵るときは一言でピシャっと言うものなんですが、「うるせぇわ」では〈うっせぇうっせぇうっせぇわ〉と3度繰り返しています。ホントは、うるさい相手に対しては〈うっせぇ〉と1回遮断すれば十分です。繰り返したら、鋭さが欠けてしまう。短い意味がない」

「歌だから反復してるんじゃないんですか。それに、しつこく言われるから〈うっせぇ〉も繰り返して強調してると言うこともできそう」

「そうですが、何度も繰り返すと、それを言っている自分に意識が向いてきませんか?〈うっせぇうっせぇ〉と言っている自分はどういう自分なのかと」

「たんに条件反射的に〈うっせぇ〉と反発してるのとは違ってはいます」

「歌詞を聞いているとキツイ言葉が並んでいるんです。でも一方で、それを発している自分についてもシビアな意識が向けられています。メタな意識が強い歌です」

「メタ?」

「自分をモニターしている自分の視点です。どんな感情的な歌詞でも、それを言語で表現するとなれば、いったん客観的反省的な意識にならざるをえません。だからその意識をそのまま書けば、冷めたメタな見方が取り入れられることになります。この歌は、シラケたようなそのメタ意識を削除することなく、お道化に変換して歌詞に残しています。自分は何をやっているかわかってやっていますという照れ隠しがお道化になっているんです」

「ある意味、素直なところが残っているんですね」

「〈不平不満垂れて成れの果て サディスティックに変貌する精神〉という歌詞は、まさに自分の姿をモニターしている自分です」

「サディスティックって、攻撃的な歌詞ってことですか?」

「言葉が攻撃的で人を傷つけるんです。自分は普通の人として生きているから、気に入らないからといって相手を〈殴ったり〉はできないんですけど、代わりに〈言葉の銃口〉を相手の〈頭に突きつけて撃〉つんです。そのことは〈マジヤバない?止まれやしない〉んです。言葉の暴力が暴走しているけど止められない」

「自分を客観的に見ることができているから、カッとなって殴るタイプの人ではなさそう。でもこういう歌を作って公表してしまう程度には〈ヤバ〉い人なんですね」

「誰でも、満たされない何かを抱えていますよね。この人もそうで、毎日何かもの足りないと思っている。その原因は自分ではなく〈これは誰かのせい〉だという。で、考えてみたら、会社勤めというのがどうも自分には合わないらしいということに気づく。社会常識を身につけるのもストレスになっているし、職場の人も先輩風を吹かして上下関係を押し付けてくる」

「大なり小なり我慢しなければならないところはあるのに。でもそれは特定の〈誰かのせい〉ではないでしょう。うちの娘も親のせいにしなければいいけど」

「敵を明瞭にしないと攻撃の矛先を向けられませんからね。ただ、それを〈誰かのせい〉にしてるという自覚ははっきりとある。わかったうえでやっていると、あえて言っている」

「批判されそうなことには先手を打っているんですね」

「〈これは誰かのせい〉と言ったあとに、続けて〈あてもなくただ混乱する〉と言っていまして、それは本当は〈誰かのせい〉というのが擬制だということがよくわかっているからなんでしょう。誰のせいとも言えないから〈あてもなくただ混乱する〉んです。この歌では大人たちに反発しているんですけど、それは特定の思想やイデオロギーからくるものではないし、筋道だった理屈でもない、ただ混乱した頭から漏れ出てきたものなんだということです」

「若いうちは誰でも混乱するものですよね。混乱であって、悪人ではないのね」

「悪人ではない。いわば小市民がキレただけです。この歌はその溜まった鬱憤のガス抜きになります。連帯するわけでもありません。歌詞の言葉は攻撃的で口は悪いけど、社会に背を向けているその背中はきゃしゃで小さいものです」

「歌によるウサ晴らしですか?」

「それはイヤホンの中で、あるいはライブハウスの空間の中で5分で収束してしまうものです。イヤホンをはずし、あるいは会場から出てきたら溜まったものを吐き出してスッキリした顔をしているのなら、それは秩序維持にとって、むしろいいことではないですか?」

「社会につながっていく反抗ではないんですね」

「自分の中で終わっている。でも家庭だと、子どもが親に向かって〈うっせぇ〉と反発して、それが唯一社会という外部に反抗というかたちで露出します。おたくがそうであるように。会社ではふさわしくない態度をとると雇用契約を切られてしまうから〈うっせぇ〉とは言えませんが、親子の縁は簡単にはきれないから甘えられます」

「頭のなかで罵るしか手段がないのね。可愛そうになってきた。会社に労働組合はないのかしら。あってもほとんど役にたたないけど」

「歌で言ってることはパワハラとかの深刻なレベルではないし、なぜ仕事をするのかという哲学的な悩みでもなく、たんに会社の人間関係に上下の古いしがらみがあるとか、社会人としての基礎的な力をつけておくのが面倒くさいとかいうレベルですから、「うっせぇわ」は「インターナショナル」の代わりにはなりません」

「あらあら」

「いろんな状況で煩わしいと感じるところは誰しもあるでしょうけど、それを是正していくのに議論の場に相手を引っ張り出すのではなく、すぐ〈うっせぇ〉と拒絶するのは安易です。攻撃的になるのも防衛機制的な鎧です」

「とりあえず〈うっせぇ〉と言いたくなるのはわからないではないんですけど。ただ、それを歌にまでするのはある種の執拗さが感じられます」

「この歌は、相手の評価を下げるために相対的に自分を持ち上げています。そういうおまえはどうなんだという評価については先まわりして〈頭の出来が違うので問題はナシ〉〈どうだっていいぜ問題はナシ〉と言っています」

「何を言われるか批判を気にしているのね」

SNSの時代っぽい歌です。そういうおまえはどうなんだということに対してどう反応するかは、ネットの掲示板でさんざん訓練されてきたことです。〈頭の出来が違うので問題はナシ〉というのは実際に頭がいいのだというマウント表現ではなく、こちらは開き直っているので真面目に受け取ってさらなるマウントを仕掛けてくるなという合図なのです。受け手の出方を見越して発信しているんです」

「たいへんな気の遣いようですね。裏の裏を読んで行動するなんて、疲れてしまいます」

「この書き手は、乱暴な言葉遣いは作風のひとつで、ふだんは気配りしてる人なんですよ。米津玄師の誕生日に関するツイートが批判されて、「うっせぇ」と遮断せず、すぐ謝罪しています」

https://news.yahoo.co.jp/articles/8893cc822ca082fdc0514fa8cb70bbf050683024

「今の子どもたちにとっては、大人よりSNSによる干渉のほうがうるさいんじゃないかしら。私なんか、SNS的なものに対する煩わしさの方に「うっせぇ」と思ってしまいます」

「「うっせぇ」と遮断しないのは、そこからは逃げられないと思っているからなんでしょうね」

「この歌で、耳に残る言葉は〈うっせぇうっせぇ〉だけで、それ以外は何を言っているのかよくわからないんですけど、歌詞はどういう歌詞なんですか、先生?」

「私も最初は、歌ってるのが女子高生だし、〈うっせぇわ〉と言うから子どもが反抗しているのかと思ったのですが、歌詞をひとまとまりのものとして読んだら、会社勤めをはじめて数年の社会人という設定なんです。〈酒が空いたグラスあれば直ぐに注ぎなさい 皆がつまみ易いように串外しなさい〉とか、上司に社会人のルールをしつけられる新人サラリーマンがキレたという設定です。この部分は飲み会のしきたりみたいなことを言っています」

「近頃の若い人は飲み会に参加しないって聞きますけど、この人はまだ参加するだけ従順な方なのかしら」

「参加しても腹の中でこんなこと思ってるんじゃ来てもらわないほうがいいですね」

「でも、いまどきここまで言う上司はいるんですか。ザ・昭和って感じがします」

「私も新規採用のときは、平成の時代になっていましたが、主任が偉そうに酒の席ではこうするもんだという講釈を垂れていました。でも、知らないとバカにされるより、口にだして教えてくれるのはありがたいと思いました。上の人にお酌するときはビールのラベルを上にしてつぎなさいとか、瓶は両手で持ちなさいとか。聞いていてバカバカしいと思ったので、やったりやらなかったりですね。ジョッキで出てくると面倒な気を遣わなくてよかったと思いました。でも店の人が最初に「ジョッキにしますか瓶にしますか」と聞くと、年配者はたいてい「瓶で」と答えるのでがっかりすることもあります」

「飲みに行ってまで気を遣いたくないですよね」

「実は飲み会での気の遣いようが出世に関係してるんですよね」

「仕事とは関係ないことなのに」

「自分に従順かどうかが一番重要なんですよ」

「何をどうやるかではなくて?」

「ビールの泡の出し方とかもそうですね。泡の量で味は変わらないと思いますけど、作られた伝統ですよ。受けるときは最初はコップを斜めにするとかもありますけど、あえて作法を知らないフリをします」

「先生も大変ですね」

「酒の席に限らず、最近は昔より作法だのマナーだのにうるさくなくなりました。それよりは合理的かどうかが重視されています。夏にネクタイをしないとか。夏にネクタイをしなくていいなら、冬もネクタイをする必要がないことに気づくのは時間の問題です。遠からずネクタイはサラリーマンのスタイルから消えると思います。そうするとスーツも消えていくかもしれません」

儀礼的なものが昔よりは緩やかになってきたなとは思います。結婚式やお葬式も随分簡単になりました。無駄なことは省いていくという傾向がありますね。コロナでそれが一気に加速されました。コロナが終息して、それがどの程度復活するか」

「無駄な会議や行事も減りました。みんなやめたくて仕方なかったものは、コロナがいい口実を与えてくれた。右へ倣えの国民性だから自分からは言い出しにくかったけど、お上が先導したから一転して中止ばかりになりました。ただこれが2年続けば身体化されると思うんですけど、1年ちょっとですから、7割くらい復活してくるかもしれませんね」

「拘束がだいぶ緩くなったにもかかわらず「うっせぇわ」というのは、どれだけ甘えたいのかと思うんですけど」

「外出自粛とか時短営業とか、代わりに別の規制はありますね。たんに人を管理するためだけにあるものや、上下関係を思い知らせるためのものや、昔は機能していたけど今やすっかり形骸化して意味をなさないもの、そういったものを押し付けてくるのならそれに対して反抗するということはあるんでしょうが、この歌で言っているのはそれもあるけど〈経済の動向も通勤時チェック 純情な精神で入社しワーク〉とも言っていて、たんに面倒くさいと言っている部分もあります。反ブラック企業の労働ソングというわけでもない。〈うっせぇ〉と突っぱねるようなことでもないことが歌われていて違和感があります。〈うっせぇ〉が発動される閾値がすごく低いんですね」

「モラトリアム気分が抜けないのかしら」

「歌詞は暗に「年配者/若者」という括りで語られているように見えるんですが、酒の席の話なんてジェンダーも関わってきますよね。女子社員に「お酌の仕方がなってない」と怒る年配男性も少なくないでしょう」

「女性が男性に〈うっせぇ〉と思うことは多いと思います」

「図にすると、縦軸に年齢、横軸に性別をとって4象限あれば、若い女性が一番〈うっせぇ〉と言いたくなる位置にいるんです」

「女子高生が新人サラリーマンの歌を歌わされているのは、それを戯画的にわかりやすくするため?」

「ミスマッチが意図せぬ深みを生んでいると言えるかもしれません。高校生が就職後の世界を聞きかじった範囲で想像してみたら、〈うっせぇ〉としか思えないものだったということ。作った時点では歌い手が高校生であることは重要ではなかったかもしれませんが、そういう情報はすぐ広まりますから、聞き手はそのようなものとして聞くことになります」

「いろんな意味で聞き手も重要ということね」

「同じ歌手で「ギラギラ」という新しい歌があります。作詞作曲は違う人です。歌詞は、醜悪な顔をしているということがテーマで、痣云々とあって、動画も顔に目立つ痣のようなものが描かれているのを見るとユニークフェイスのことなのかなと思います。若い女性が一番気を使うのは容姿ですけど、露骨すぎる気がするし、関心が限定されているから、ターゲット層以外の反応は鈍いかもしれません」

「うちの娘も時間さえあれば鏡を見ているから困ってしまいます。そんなに見たって変わらないわよ、おかあさんの子にしては上出来よって言うんですが、メイクにも興味を持っているみたいで、勉強が手につかないようです」

「顔といえば、「うっせぇわ」の歌詞は具体的ですけど、実際に誰かの顔を思い浮かべて歌詞を書いたのかと思わせます。〈丸々と肉付いたその顔面にバツ〉とあります。聞き手も誰かの顔を思い浮かべて聞くでしょう」

「若い人に嫌われたくないオジさんたちは、この歌を聞いて萎縮することになるんですか」

「〈酒が空いたグラスあれば直ぐに注ぎなさい〉ということは、教えてもいいけど強制しないほうがいい」

「それだと〈酒が空いたグラス〉に〈直ぐに注〉ぐようなゴマスリを無意識にできる人が出世しやすくなりますね。オジさんの心をつかみやすい」

「実践するかどうかは本人しだいで評価に関係づけてほしくないですよ。それに、注がれるほうも、もう飲みたくない場合だってありますしね」

「お酒の席って、いかに気遣いができるかを披露する場になっていますでしょ。女性が接客するお店はそれを商売にしている」

「この歌でユニークなフレーズは、〈あなたが思うより健康です〉というところです。この人はいつもカップ麺とかコーラとかポテチとかジャンクフードばかり食べているから、そんなものばっかり食べていると体壊すぞと注意されたのかもしれませんね。早く結婚して奥さんに栄養のあるものを作ってもらえとか。昔はよく言われました」

「女性ならダイエットしてると心配されました。余計なお世話って感じかしら」

「私の身体は私の所有物であり、自己責任でやっていることなので外野からとやかく言うなということですね。でも、ジャンクフードで体ができているんならこの人はたぶんあまり健康的ではない。若いうちは体力があるから目立たないけど、年をとったらてきめんです。人生100年時代を生きられない。だから〈あなたが思うより健康です〉というときの〈健康〉は、今はそう見えるというだけで、あとになって後悔するんじゃないかなと思います。歪んだ自己認識です。自分を客観的に見ているつもりでも、所詮〈あなたが思うより健康です〉ていどの客観視なんですね。あまり距離がとれていない。先程のメタレベルの認識というのも似たようなものです。こういうことはたぶん外側から見ている人のほうがよくわかる」

「自分のことにかまってほしくないという年頃なんでしょうか。うちの娘もそうです。いちいち身につまされるわ。あなたのためを思って言ってあげてるのよ、と話しても、有難迷惑だ、お仕着せだ、うざい、と言って聞く耳もたない。最近はそれが〈うっせぇうっせぇ〉になってしまいました」

パターナリズムがなくなればスッキリしますが、全部自分で判断していかなければならないから個人間の差が大きくなります。自分ひとりではまだ無理だというのは本人も薄々わかっていて、親はまだ必要だと思っているから、〈うっせぇ〉って追っ払っても、お節介がまったくなくなっても困ると心のどこかで思っているので、縁を切って自分から出ていくわけでもない。〈うっせぇ〉と追い払うのはそういうことでしょう。本当に必要なときのために絆を残している」

「親や教師のように甘えが許される相手に対しては言えても、他人には言えない言葉ですね。口には出さずに、頭の中で〈うっせぇうっせぇ〉が鳴り響いているだけの人も、きっとたくさんいるでしょう」

「この歌詞は不思議な部分が混在していて、会社勤めに関わることだけでなく、〈嗚呼よく似合う その可もなく不可もないメロディー〉〈もう見飽きたわ 二番煎じ言い換えのパロディ〉といったフレーズも出てきて、これについても〈うっせぇうっせぇうっせぇわ〉と言っています。これもメタな視点によるものですね。自分で自分にツッコミをいれています。その自分は、かつて自分の創作物である歌について否定された経験があって、そのときの相手を自我に取り込んだものだと思います」

「会社に関するエピソードと、プライベートの創作に関するエピソードが混じりあっているんですか。つながりがわかりにくいです」

「詰め込みすぎだと思うんです。違う2つの歌に分けたらいい。そうすればさらに突っ込んだ表現ができるのになあと思います。あるいは1番と2番に振り分けるとか」

「はあ」

「〈ちっちゃな頃から優等生 気づいたら大人になっていた/ナイフの様な思考回路 持ち合わせる訳もなく〉という歌詞があります。これは「ギザギザハートの子守唄」の暗示引用になっていますから、〈二番煎じ言い換えのパロディ〉というのはこの歌じたいにあてはまります。〈現代の代弁者は私やろがい〉という〈代弁者〉は尾崎豊を思わせます」

「私、尾崎豊、好きだったんです。〈代弁者〉というのは、尾崎が自分で言ったのではなく、当時のマスコミが言ったことです」

「たしかに、代弁者というのは自分で言うことではないですね。あなたを代弁者に指名したつもりはないと批判されます。ここもあえて自分で〈代弁者〉ということでおちゃらけてみせているんでしょうけど。尾崎と共通点があるとすれば、言いたいことがあって、それを歌にしているということですね。これはこの歌の強さになっています。それと歌っているのが女子高生だから、高校生のときにデビューした尾崎を彷彿とさせるかもしれません」

「反抗的な身ぶりというか口ぶりは似ているかもしれませんけど、「うっせぇわ」のほうは随分言葉遣いが汚いですね」

「歌詞も実存的な深みはないし、〈私模範人間〉というように、表面的には社会に適応しているように見えても内面ではブチ切れているというのが恐ろしい」

「昔の若い人は大人からもっと頭を抑えつけられていたけど我慢してたんじゃないですか?」

「社会全体が右肩上がりだった時代は、我慢すればそのうち出世して給料もあがりいい生活ができる見込みがありましたが、今の若者は我慢しても先が見通せないから我慢するだけ損だと思ってるんじゃないですかね。今が充実していたほうがいい。それを邪魔して将来のために今の自分を捧げよという大人は〈うっせぇ〉存在なのかもしれない」

「刹那的ですこと」

「この歌では相手を貶めるのに、〈くせぇ口〉〈丸々と肉付いたその顔〉〈一切合切凡庸なあなた〉と言っていて、悪口を確信犯的に並べています。前の二つは単なる罵倒ですが、最後の一つは自分の評価と関わっています。」

「他に文句のつけようがなかったのかしら。相手の人はたぶん本当に平凡な「いい人」なんだと思う」

「自分のことは〈頭の出来が違う〉〈私が俗に言う天才です〉と言っていて、「凡庸/天才」の二項対立になっているんですが、これもそう思わないとやっていけないということでしょう。外からは見えない才能がプライドの拠り所になっている」

「こんな歌を作れるから天才っていうことですか?」

「ヒットした今となってはある意味そうなのでしょうが、作った時点では迷いの中にあったと思います。〈私が俗に言う天才です〉という自己言及がある一方で、〈可もなく不可もないメロディー〉というのも自己言及で、気分の高揚と落ち込みのあいだを揺れ動いています。自己評価の落差が激しい」

「不安定な精神状態ですね」

「自分のことを天才だと言って様になるのは北野武とか会田誠とかの人たちでしょう。いや、それも本当に自分でそう言っているのか、あるいはそう言っているように周りの人が見せているのかわからないですけど。いずれにせよ、自分でそう言いそうなキャラとして演出されています。知名度のある人なら本気とジョークのあわいとしてキャラづくりになるかもしれませんが、無名の人だと誇大妄想になる。それも含めて戦略的なキャラ作りと言ってしまえばそれまでですが、なんかそういう現実とは切り離されたところで空転している妄想性がこの歌の特徴だと思います。先程、〈あてもなくただ混乱する〉っていう歌詞があると言いましたが、そういう〈混乱〉が生み出した妄想に支配されているということなのかもしれません」

「それもこの書き手はわかってやっているということ、つまりそのように演出しているのですか」

「たぶん。というのも、歌の冒頭で〈正しさとは 愚かさとは/それが何か見せつけてやる〉と言っていまして、それが何のことかよくわからなかったんですけど、考えてみたら、この歌そのものが愚かしいものとして見せつけられているんだと思います」

「〈正しさ〉は?」

「この歌には何ら〈正しさ〉は示されていないので、〈正しさ〉を〈見せつけてやる〉と宣言はしたものの見せつけられず、しかし宣言自体は残されたままなので、結局〈正しさ〉なんてものはない、相対的なものだってことになるんじゃないでしょうか」

「うちの娘も早く目を覚ましてくれないかしら。はー」

YOASOBI 「夜に駆ける」逐語解読

0

 「夜に駆ける」は、公式のミュージックビデオは歌声が無機質な感じで親しみがわきにくいが、「THE HOME TAKE」バージョンの方はテンポを落としており、ボーカルも演歌ふうなところがあり(実際は洋楽に親しんでいる)、哀愁が増している。ikuraの外見も黒髪の真面目そうな感じの子であり、好感度が上がるだろう。

 「夜に駆ける」は、どこか不穏な感じのする歌である。歌詞の面からは、具体的にそれが何なのかということはわからない。歌詞を読んでも何を言っているのかよくわからないのである。もちろん断片的な言葉のまとまりはそれぞれわかるので、歌として聞いている分には不自由しない。だが、歌詞をひとつの言語の作品として見たとき、置かれている言葉どうしのつながりが見いだせず、飛躍を埋めるための糸口も推測できず、それらの言葉を貫く一本の何かが何なのかがよくわからない。書かれた言葉は表層をなぞるだけで、その奥に隠された何かに言及しない。歌詞は何かに基づいて書かれているように見えるが、それは歌詞からは判明しない。

 だが、この疑問への答えは事前に提出されている。この歌は「monogatary.com」というサイトに投稿された「小説」をベースにして書かれており、小説を歌に記号間翻訳したものなのだ。だから「小説」を読めば、この歌詞が何を言っているのかはっきりする。「monogatary.com」はソニー・ミュージックエンタテインメントが運営しており、そもそもこの歌が誕生する経緯は、運営側からもちかけられた話なのである。

 その「小説」というのは、星野舞夜という人が書いた「タナトスの誘惑」である。きわめて短いものであり、ゆっくり読んでも5分とかからない。歌を聞いている時間の方が長いだろう。ショートショートとか掌の小説とかそういった類のものよりもっとたわいのないものである。小説として完成していると言うよりどこかの一部分を切り出してきたようなものである。文体はポエムふうだが、それは改行が多い外観からくる印象である。ネット向けに書かれたもので、読みやすくするためにほどこされた工夫であろう。これを一般的な小説とは言い難いのでカッコ付きで「小説」とした(以下、煩わしいのでカッコをはずす)。作者は執筆当時、大学生ということである。星野舞夜という筆名は内容にあわせて考えられたものだろう。選択された筆名も書かれた文章も女性を思わせる。

 タナトスの誘惑」はジャンルでいえばファンタジーということになるだろう。内容は次のようなものである。マンションの屋上から飛び降り自殺を図ろうとしていた若い女性を助けた男性(僕)がその女性に恋をし、その後何度か自殺企図のメールがあるたびに屋上に出向くことになる。それが幾度も重なるうちに僕のほうも疲れてしまい、最後には一緒に飛び降りてしまう。

 タナトスというのは、ここでは死神のことで、死を願う者にはその人にだけ死神が見えるようになる。死神はとても魅力的な姿をしている。若い女性は死神が見えると言い、その姿を見てうっとりした表情をするので僕は嫉妬する。僕はブラック企業に勤務しており激務で毎日疲弊していた。僕は結局彼女と手をつないで屋上から飛び降りてしまうが、実は彼女は僕にとっての死神だった。彼女が魅力的に見えたのは、彼女が死神だったからである、というオチである。

 この小説のヒネリは、死神が魅力的な姿をして人を誘惑するというところにある。水木しげるが描くような死神は歯が欠けた年配の男で、杖を突きボロを着た不気味な出で立ちであるから近づきたくないが、死神がアイドルのような美少女やイケメンの姿をしていたらついフラフラとついて行ってしまうかもしれない。死神というのは、死への思いが外部化されたものであるから、死神の誘惑というのは、実は自分の願望が再帰化したものである。近年はいかつい戦国武将も美男子のやさ男ふうに描かれるから、死神がアイドルまがいの形象をもつのも不思議ではない。

 死が救済になるような内容なので陰鬱なもののように思われるが、筆致はいたって軽い。自殺に至る苦悩は数行で済まされているし、死神の造形は最後のオチに至る伏線であるから、情感にふれるものというより知的処理(謎解き)によって受容されるべき作品である。

 ところが、これが歌に作り変えられたときには、情感の部分が強調され、知的処理(謎解き)の部分は後退させられることになる。

 このような小説の内容を前提に歌詞を読むと、それまで理解できなかったところが理解できるようになる。歌詞の空白部分を満たすピースが見つけられる。同時に、歌詞になるときに新たに付け加えられた要素も見つかる。

 

1

 「夜に駆ける」は自律性をもったひとつの作品である。小説にもとづいた歌詞ではあるが、小説を知らなくても歌詞を解釈することはできる。実際、多くの聞き手は、基になった小説を読んだことはないだろう。一般的に、歌詞は論理的に厳密な構築物とは考えられていない。歌の言葉は次から次に流れては消えていくので、メロディのまとまりに基づく言葉の断片をまたぐような整合性を聞き手は求めない。行間に飛躍があっても気にすることは(ほとんど)ない。一方で、歌詞を言語の作品として取り出してそれを解釈しようとしたときには、歌詞の全体が一望できるから、言語のもつ論理的な整合性が一層強く意識されることになる。そのため意味のまとまりどうしがどのような関係をもっているか理解しようとして、頭を悩ますことになる。

 「夜に駆ける」は、後者の点においてわかりにくい。歌詞の全体が何について書かれているのかわかりにくいのである。表面的な意味はなんとなくわかる。しかし、その裏に言葉では語られていない何かが隠されているようなもどかしさを感じるのである。何か大切なことを理解していない、ほのめかしなのか字義通りでいいのか、いくつかの言葉がささくれのようにひっかかるのである。歌詞の言葉は難解ではない。ひとつひとつの文は明瞭である。しかしそれが積み重ねられたものになると漠然としてしまう。このわかりにくさはスキームが与えられていないためである。歌詞をどういう枠組で読んだらいいのか、歌詞じたいには手がかりがない。タイトルの「夜に駆ける」がどういうことなのかすらわからない。もちろん「夜に駆ける」は日本語として意味は汲み取れる。何かあって夜中に走っているのである。ジョギングというわけでもあるまい。走るのだから何か緊急事態が起こっている感じがする。だが「小説」を読むことでほとんど全ての意味がわかってくる。「ほとんど」というのは、歌詞にする過程で付け加えられた部分があり、そこは別に解釈が必要だからである。しかし「小説」からそのまま歌詞に置き換えられた部分は相互参照できるので、意味はかなり限定して理解できる。例えば「夜に駆ける」というのは、マンションの屋上から飛び降り自殺することを美化して言ったことだとわかる。また、マンションの階段を駆け上がる「僕」のことでもあるだろう。他の部分についても、答えあわせをするように見ておこう。

 以下では、歌詞と小説を比べて、歌詞になるにあたって何が省略されたか、何が付け加えられたか、について検討する。

 

〈「さよなら」だけだった/その一言で全てが分かった〉

 彼女が「さよなら」の4文字をLINEで送ってきた。それは自殺するためにマンションの屋上にいるからそれを止めに来いという合図である。「死にたい」とか「たすけて」という4文字であれば、それはただちに「僕」を動かす言葉になるであろうが、「さよなら」だと、だからどうするという行動に普通はただちに結びつかない。いったん解釈が必要である。他の人なら動けないが、「僕」はすぐに理解して屋上に向かう。小説では「さよなら」のメールと「僕」が駆けつけることは4回繰り返されたことになっている。もともと二人は彼女が屋上で飛び降りるところを止めたことで出会ったのだから、メールの意味も理解しやすいだろうし、それが反復されたとなれば反射的に動けるだろう。〈その一言で全てが分か〉るのは、「僕」という特別な限らされた受信者である。「僕」以外には、この短い言葉で彼女を理解できない。

 屋上で飛び降り自殺を図るというスキームがないところでこの歌詞を読むと、一般的にありふれた状況として行間を理解しようとするので、〈「さよなら」だけだった/その一言で全てが分かった〉というのは、別れの危機に瀕している二人がいて、相手が送ってきたこの上ない短い言葉でその結論に至る相手の考えがわかった、というくらいの意味になるだろう。

 

〈日が沈み出した空と君の姿/フェンス越しに重なっていた〉

 歌詞では〈日が沈み出した空〉とあるが、小説では「もうとっくに日は沈んだ」ことになっている。〈日が沈み出した空〉というのは昼と夜の境界の時間であり、ドラマチックな時間であるからこちらのほうが絵になる。小説のほうは残業後の出来事だから夜にならざるをえない。

 〈フェンス越しに重なっていた〉というのは、小説では、マンションの屋上のフェンスの向こうで彼女が飛び降りる寸前の状態にいたということである。小説の枠組をはずして解釈すると、これは日常の中の美しい一コマにすぎない。フェンスというのはどこにでもあるから、そのフェンスと〈君〉と夕空の取り合わせがきれいに見えるというほどの意味に受け取れる。ただ、その場合に不穏なワードが〈空〉と〈フェンス越し〉の〈越し〉である。〈君〉と〈空〉が重なって見えるのはよほど開けた場所ということになる。また、たんにフェンスに寄りかかっているのではなく、ここであえて〈フェンス越し〉の状態でいるとされるのは何故かということである。それは無視しようと思えば無視できるものである。そういう情景なのだと強弁することもできる。だが歌詞はこのような細部において、日常性のバイアスからはみだすものをさしはさむことで、隠された二重性をほのめかしている。小説では、このフェンスは屋上のフェンスである。しかし歌詞ではそこまで言及しない。そこまで言うとあまりに不穏すぎて、歌詞の内容が限定されて、特殊な歌になってしまう。作詞者はもっと開かれたものにしておきたかったのだろう。歌を聞く人のほうが小説を読む人の数より多い。

 

〈初めて会った日から 僕の心の全てを奪った/どこか儚い空気を纏う君は 寂しい目をしてたんだ〉

 マンションの屋上で自殺を図る彼女を助けたのが最初の出会いだった、と小説では書かれている。彼女は、「つぶらな瞳にぽってりとした唇と、可愛らしい顔立ちだが、どこか儚げな表情をしている」と描写される。ここで気になるのは「ぽってりとした唇」である。通常、こういう表現をする場合は、この女性が肉感的であり、また生命力が強いことを示している。だがこの「小説」の設定では、この女性は「僕」が生み出した死神の幻影であり、精神的な存在であるはずである。ここは「薄い唇」とでもしたほうがぴったりするのだが、作者によるひっかけなのかもしれない。「僕」は彼女に一目惚れするのだが、それは「ぽってりとした唇」に象徴される身体に性的に吸引されたせいかもしれない。

 小説の「儚げな表情をしている」というところを、歌詞では〈儚い空気を纏う君は 寂しい目をしてたんだ〉と活かしている。ただ、目は「つぶらな瞳」が〈寂しい目〉に変わっている。小説の別のところでは「虚ろな目をした彼女」となっている。「つぶらな瞳にぽってりとした唇」は歌詞の雰囲気にそぐわないディテールなので改変されたのであろう。

 ところで小説では、どうしてはじめての出会いがマンションの屋上だったのだろうか。マンションの多くは安全上、屋上を開放しておらず、屋上は見知らぬ人どうしが出会う場としてはあまりふさわしくない。「僕」の住むマンションが屋上に関するルールがゆるいところだったとしても、「僕」いったいは屋上に何をしに行ったのだろうか。高いところから景色でも見ながらタバコを吸いに行ったのか。小説には書かれていないが、状況から推測すると、おそらく「僕」もまた飛び降りるために屋上に行ったのではないか。そしてそこで同じようなことを考えている彼女に出会ったのである。似たものどうしだったから、強く惹かれたのである。

 だが、このように考えると或る矛盾が生じてしまう。「僕」が死に場所を求めて自分で進んで屋上に行ったのなら、死の世界へと導く役の死神など必要ないだろう。死のうとしている彼女(死神)を見て、逆に「僕」は生の側に立って彼女を引き止めることになった。他人が死のうとするところを客観的に見ることで、自分のやろうとしていたこと(自殺)も客観的に見れるようになったのだ。死神はむしろ「僕」の死を遅延させたのではないか。ただ、「僕」んもすぐには思いきれないので、何回も屋上に誘い出し、完璧な死へと導いたということだろうか。

 

〈いつだってチックタックと 鳴る世界で何度だってさ/触れる心無い言葉うるさい声に 

涙が零れそうでも/ありきたりな喜び きっと二人なら見つけられる〉

 ここは歌詞のオリジナルな部分である。小説が投稿されたmonogatary.comでは、「お題」を決めて投稿を募集している。この小説は「夏の夜、君と僕の焦燥。」という「お題」のもとに投稿されている。小説では「お題」の「焦燥」を二つの観点から取り入れている。ひとつは、彼女の自殺をとめるためにマンションの階段を駆け上がるということ。もうひとつは、現代社会のせわしなさということである。ラストはこうなっている。

 

  この世界が僕らにもたらす焦燥から逃れるように、

  夜空に向かって駆け出した。

 

 つまり屋上から飛び降りた、ということである。「この世界が僕らにもたらす焦燥」というのは、小説の文脈では、お盆なのに残業したとか、ブラック会社に勤めているといったことである。時間に追われ休むまもなく働かされているということだろう。ブラック会社は強欲でせわしない社会の典型である。たんにその会社だけの問題ではなく、私達が生きている社会全体がそうなのである。だから、そこからは逃げることができない。その外側はない。逃げるためには生の向こう側に行かなければならない。歌詞では、自殺をとめるのに間に合うかという直接的な部分ではなく、現代社会に対する批評的な部分をふくらませている。作詞したAyaseはインタビューで、この小説のことを「スピーディー」「疾走感」があると言っている。それは曲としてはアップテンポにすることで表現され、歌詞においては時計の秒針が〈いつだってチックタックと鳴る世界〉と書かれることになった。〈触れる心無い言葉うるさい声に涙が零れそう〉というのはブラック会社での仕事を抽象的な言葉で敷衍したものだろう。

〈ありきたりな喜び きっと二人なら見つけられる〉に該当する部分は小説には存在しない。小説では、彼女と「僕」の関係がどういうものなのか、よくわからない。親しい友達なのか、恋人なのか、どのていど親密なのか。彼女は最近同じマンションに引っ越してきたということ、「いろいろな話をするようになり、仲良くな」って「付き合い始め」ていること、ということしかわからない。〈ありきたりな喜び きっと二人なら見つけられる〉という歌詞は、彼女が死神だとわかったとたん、空疎に響く。「僕」の想像から生まれた存在なので、〈二人〉というような対称性はない。〈ありきたりな喜び〉を彼岸での幸せととらえれば、これはかなりアイロニーのきいた歌詞ということになり、〈二人なら〉というのは二人で飛び降りたということになる。

 

〈騒がしい日々に笑えない君に/思い付く限り眩しい明日を〉

 これも歌詞のオリジナルであり、先程と同じテーマの反復である。小説と照らし合わせるなら、この部分はかなり強烈な反語的表現ということになる。彼岸の世界のことを〈眩しい明日〉というからだ。だが、普通は、ポップな曲にそれほど強い反語的な二重性があるとは考えないから、ここは歌詞を字義通りに青春ぽいものに解釈しようとするだろう。裏の意味との距離が遠いくなるほど歌詞の自律性が高くなる。歌詞の言葉の表面的な意味だけで構築された世界が浮かび上がる。

 

〈明けない夜に落ちてゆく前に/僕の手を掴んでほら〉

 ここは直前のフレーズと対句的になっていて、同じようなことを繰り返している。

〈騒がしい日々に笑えない君〉=〈明けない夜に落ちてゆく〉

〈思い付く限り眩しい明日を〉=〈僕の手を掴んでほら〉

 よく見ると、その前も似たようなことを言っているのである。

〈いつだってチックタックと鳴る世界〉というのは〈騒がしい日々〉のことだし、〈心無い言葉うるさい声に 涙が零れそう〉をかんたんに言ったら〈笑えない君〉ということになる。〈ありきたりな喜び〉をグレードアップしたら〈眩しい明日〉になるし、〈二人なら見つけられる〉というのは〈僕の手を掴んで〉いれば二人なのである。このあたりは同じようなことを言葉を変えて言っていて、それはここから、二人の人生が交差していく要所だからだ。

 小説だと、マンションの屋上から飛び降りようとする彼女を「僕」が救うわけだから、それを前提にすると、〈明けない夜に落ちてゆく前に/僕の手を掴んでほら〉という箇所は、まさにそれをほのめかしているものと読める。ただ小説では、「彼女が僕の手を振り払おうとしたので、思わず力強く握ってしまった」と書かれていて、彼女は「僕の手を振り払」いこそすれ、〈僕の手を掴〉もうとすることはない。歌詞では彼女や「僕」の意思を手の動きで表現しようとしており、手のしぐさは重要である。歌詞の後の方では小説に従い、〈がむしゃらに差し伸べた僕の手を振り払う君〉と描写されている。このあと、彼女の手の動きも出てくるのだが、ここではとりあえず「僕」の手の動きとして、〈手を掴んでほら〉と差し伸べていること、そしてそれは振り払われることを押さえておこう。なにしろ小説の彼女の正体は死神なので、常識はずれな言動をする。小説に寄り添う歌詞は死神云々は言及されないからわかりにくいものになっている。

 ここは文脈上関連したことが続けて述べられており、〈騒がしい日々〉〈眩しい明日〉とのつながりで、〈明けない夜に落ちてゆく前に/僕の手を掴んでほら〉というのもアレゴリーとして読むことができる。飛び降り自殺というもう一つのレイヤーがなくても、歌詞のテクストだけでそれなりの解釈が可能だ。

 

〈忘れてしまいたくて閉じ込めた日々も 抱きしめた温もりで溶かすから/怖くないよいつか日が昇るまで 二人でいよう〉

 ここもまた先ほどまで言っていたことと同じことの繰り返しだが、それをよりJポップふうの言葉で再解釈している。そのため歌詞のオリジナルな言葉遣いになっている。小説をベースにしているせいでい、どこかに芯を感じるのだが、ここはフワフワしたありきたりな言葉に終始している。

〈忘れてしまいたくて閉じ込めた日々〉というのは〈騒がしい日々〉〈明けない夜〉を敷衍したものである。このあとでも〈変わらない日々〉とあるが、この歌詞では語り手の環境を表すのに〈日々〉という言葉で表現することを好む。この〈日々〉は〈チックタックと鳴る世界〉の〈世界〉のことである。〈日々〉とは、継続する〈世界〉のことだ。〈日々〉は〈変わらない日々〉とあるように、繰り返しを基本とする。〈変わらない日々〉は〈閉じ込めた日々〉となって堆積されていく。そこにあるのは永遠の反復で、いわば昨日と同じ今日の繰り返しである。変化をもたらす〈明日〉はない。だから〈日が昇る〉〈眩しい明日〉を迎えることが希望になる。〈閉じ込めた日々〉を〈抱きしめた温もりで溶かす〉ことができれば、〈変わらない日々〉の呪縛も解けるだろう。

〈抱きしめた温もりで溶かす〉というのは〈僕の手を掴んで〉の延長にあり、〈いつか日が昇るまで〉というのは〈眩しい明日〉のことである。〈二人でいよう〉は〈二人なら見つけられる〉と同じだ。

 

〈君にしか見えない 何かを見つめる君が嫌いだ/見惚れているかのような恋するような そんな顔が嫌いだ〉

 他の何かに心を奪われていて「僕」を見てくれない、ということであるが、この部分は歌詞の文脈ではやや唐突に挟まれている印象を受ける。これは小説に書かれていることを、あえてJポップふうに翻訳したものである。だがここは、Jポップのスキーマだけでは不可解さが残る。〈君にしか見えない 何かを見つめる君が嫌いだ〉とあるが、ここで〈何か〉と曖昧にしているものがわかりにくい。Jポップのスキーマではこの〈何か〉に「夢」などを当てはめることが多い。遠い夢を見つめる君が、僕から離れていく、みたいな歌である。

・その瞳はキラキラ光って 遠く夢を見てた/優しく笑うあなたの顔 もっと早く 忘れたい もう二度と 会えない(SOPHIA-誰もいない海を見てた-」作詞、松岡充2003年)

とかがそうである。

 では、〈君にしか見えない 何かを見つめる君が嫌いだ/見惚れているかのような恋するような そんな顔が嫌いだ〉の〈何か〉に「夢」を入れてみたらどうなるか。ちょっと違和感が生じる。夢を見ている〈君が嫌いだ〉というのは否定しすぎであろう。Jポップでは相手が夢を追いかけて自分から離れていくことは、寂しいけれど応援しなくてはならないことなのである。それも含めて好き、なのであるはずだ。現実はともかく、歌のなかではそのように気張った応援者である。歌の中でくらい夢を応援してもいいだろう。

・何より素敵な贈り物なのね 遠くを見つめる眼差しが あなたがその夢あきらめることは 淋しさよりつらいな私は(菊池桃子、作詞、売野雅勇1987年)

という心の動きが定形になっている。

 だからもしここが〈夢を見つめる君が嫌いだ〉ということになってしまったら語り手は自分のことしか考えない我儘なやつということになって、聞き手の共感のレベルが下がってしまう。さらに〈見惚れているかのような恋するような そんな顔が嫌いだ〉とも言っていて、自分以外の他の人に見とれているならともかく、好きな人が好きなものは自分も好き、というのが定形で、だから、これが「夢」だとしたら、夢を追いかける君の横顔が好きだ、と普通ならなる。

〈見つめるその先に 今何が見えてるの 真っ直ぐに夢を追いかける 君の横顔が好きで…君の夢は僕の夢でも あるから大事にしたい〉(Kazoo「Brand New Day」作詞、kou takahashi、2017年)

 好きな人が一生懸命やることは応援するし、その姿勢も好きであるはずだが、「夜に駆ける」はそういう定形からはずれた歌詞になっている。

 この部分は小説を読めば、このように書かれた理由がすぐわかる。彼女は死神を見つめていたのである。死神はその人にとって「一番魅力に感じる姿をしている」ので、それを見つめる彼女もうっとりした表情になってしまうのだ。ただし死神は他の人からは見えない。「まるで恋をしている女の子のような表情をした。まるでそれに惚れているような。/僕は彼女のその表情が嫌いだった。」このあたりは小説とのギャップで、歌詞の意味はそういうことだったのか、という謎解きのような驚きを覚えるところである。ただ、小説そのものにおいては矛盾がある。彼女自身が死神なので、死神が死神を恋した人の目で見つめるというのは理屈があわない。無理やり解釈すると、彼女は「僕」に、私に惚れているあなたは今こういう顔をしているのよと教えているのである。彼女は死神であると同時に「僕」の鏡なのである。死神が「一番魅力に感じる姿をしている」のは、死へのあこがれが強いからだろう。

 いずれにせよ、「夜に駆ける」がJポップの歌詞の定形から少しでもはずれることができたのは、小説をベースにしたからであることは間違いない。小説という外部のものを持つことによって、マンネリから逃れることができたのだ。

 

〈信じていたいけど信じれないこと そんなのどうしたってきっと これからだっていくつもあって そのたんび怒って泣いていくの/それでもきっといつかはきっと僕らはきっと 分かり合えるさ信じてるよ〉

 この部分では「信じること」「分かり合うこと」について書かれている。小説の登場人物の内面の独白として該当するものはないが、無理やり探せば、死神の存在を信じるかどうかということになる。だがそれは、やや無理があるだろう。だからここは歌詞の完全オリジナルな部分であると考えたい。そもそも彼女は死神なので対等なコミュニケーションがとれるわけではない。あくまで「僕」が生み出した幻想だ。小説でも彼女の生活がどういうものか、まるで描かれない。そういう朦朧とした人物と分かり合うとか信じるとか信念にかかわることを言うことは無理だろう。だから小説からは離れた部分である。ただ、聞き手の日常生活においてはよくあることなので、聞き手の共感をさそうために置かれた言葉だろう。

 この部分のもう一つの特徴は、促音「っ」のたたみかけと〈きっと〉の繰り返しである。

・どうしたって、きっと、これからだって、いくつもあって、怒って、きっと、きっと、きっと

 これは、自分の思っていることに言葉が追いつかないほど気持ちが高ぶっていることを表している。実際この〈そんなのどうしたってきっと これからだっていくつもあって そのたんび怒って泣いていくの/それでもきっといつかはきっと僕らはきっと〉という部分は、文章としては体をなしていない。口のもつれを写したような文の乱れは、つんのめるほどの勢いを表現している。何しろ彼女は屋上から飛び降りる寸前なのだから、もたもた話している時間はない。とにかく止めなければならない。

 そしてここを前後でサンドイッチしているのが、〈信じていたいけど信じれないこと……分かり合えるさ信じてるよ〉という部分である。ここが実質的に言いたい部分である。つまり〈信じていたいけど信じれない〉ということを急いで否定するために〈きっと〉の部分でその理由を説明し、〈きっと分かり合えるさ信じてるよ〉と前向きなものに変えているのである。要点は、〈信じれない〉を〈信じてる〉に反転することである。(つづく)

若い性はどう描かれたか

1 ABCソング

 〈ABCは知ってても それだけじゃ困ります アルファベットのその次は 旺文社カセットLL〉という学習機器の販促コマーショルが、私が小学生の頃(一九七〇年代)流れていた。中学生になると、この〈ABCは知ってても それだけじゃ困ります〉という部分を、ませた友人などは訳知り顔で口ずさんでいた。私はあとで知るのだが、Aはキス、Bはペッティング、Cはセックスという、順番を意味する隠語である。ペッティングというのはわかりにくいが、セックスにまで至らない愛撫のことである。語源としてはペットのように可愛がることだ。〈ABCは知ってても それだけじゃ困ります〉という歌詞を裏読みすれば、セックスで妊娠しないように準備しておけといったほどの意味になるだろう。

 最近はこのABCの隠語はすっかり聞かなくなった。実際、段階を追って関係を深めていくのではなく、AがあればCまで一気に進むので、分ける意味がない。特にBとCは切り離しが難しいだろう。ウィキペディアの「ペッティング」の項目には「思春期から結婚前の男女間や近親姦において、妊娠・性感染症の危険性や処女を失うことへのためらい、性交同意年齢など心理的に罪悪感や様々な抵抗がある。そのため性交まで至らず、その前段階に留まりつつも身体的に快感を追求している状態こそが、中盤を取り持つペッティングであった」と書いてあるが、現在はそうした「ためらい・罪悪感・抵抗」が薄れているから、中間段階の切り分けは意味がないだろう。逆に、昔は、性行為のひとつづきの流れをABCという差異で区切ることによって、一線を越えようとする手前で踏みとどまらせる関門を作っていたのだといえる。次の「段階」へ進むには、相手の許しが必要になる。この点、かつてのほうが女性の主体性が残されていたといえる。なんとなく最後までいってしまうのではなく、段階的な名前があることを知っていたほうが、関所を越える意識を持ちやすい。

 ネットには、「DEF」の解説もあって、Dは妊娠(順番からしてそうだが、文字がお腹が膨らんだ形に見える)、Eはengagedで婚約、Fはfamilyで家族になるということらしい。Eは中絶とするものもある。こじつけであり、どのような説明も可能だろう。そもそも「ABC」はたんに順番を示すもので、そのような頭字語としての意味はない。「HIJK」というのもあるが、くだらないから省略する。

 ABCの隠語について、ネットでは8090年代に流行ったと書いてあるものがいくつか見受けられたが、私が中学生の頃(1970年代後半)には既にかなり浸透していた。研究社で1975年に『アメリカ俗語辞典』という酔狂な本を出しているが(翻訳)、そこにはABCについて上述のような意味は載ってない。アメリカでは60年代に性の革命が起きており、性に対する「ためらい・罪悪感・抵抗」は薄れていた。周囲の目を気にしながら段階的に交際を発展させていくABC方式は日本的なものだろう。もちろん、どこまで進んだかということは当人たちにしかわからないことであるから、本人の倫理的な抑制や、ふしだらな女と思われないためのふるまいとか、「彼と昨日キスしたの」などと友人らに報告する場合などしか段階は意味はなさないけれども。

 旺文社のCMが性的な意味で歌われたということは、『ABCは知ってても』というタイトルのマンガ(山辺麻由)や小説(夏井瑤子)が90年代前半に出ていることからも明らかだろう。もしかしたら、ABCが性的接触における進行段階の隠語となったのは、旺文社のコマーシャルが起源なのではないかとすら思える。冒頭に掲げた歌にはいくつかバージョンがあって、〈I LOVE YOU を知ってても それだけじゃ困ります〉という歌詞があるようだ(音源未確認)。これはかなり性的なニュアンスを含んでいる。作り手は子ども向けの真面目な学習機器に性的なことをほのめかすような遊びはしないはずで、〈I LOVE YOU〉は誰でも知っている英語ということで使ったのだろうが、それが、〈I LOVE YOU〉という言葉は知っていても、その次はどうすればよいか知っているかという意味で受け止められたのではないか。

 性的な符牒である「ABC」は80年代にいくつかの歌で取り上げられた。代表的なのは沖田浩之のデビュー曲「E気持(イーきもち)」(作詞、阿木燿子1981年)である。沖田は硬派な不良のイメージで売っていたのに、〈Aまでいったと〉〈Bまで済んだと〉〈Cまでスムース〉〈ABCハーンE気持〉という歌詞にかなり面くらった。これでは不良と言っても軟派である。沖田がこの歌を自らすすんで歌いたいと思ったとは思えず、テレビを見ていて痛々しいものを感じた。ただ、歌詞じたいはABCの意味を的確にとらえていて、ここにあるように、彼と「どこまで進んだか」というのは、当時の女子学生の定番の話題だった。焦ってはいけない、遅すぎてもいけない、つきあって1か月でAとか、夏休み中にはCとか、交際期間に応じたあるべき到達度が設定されており、女性ティーン誌などが有力な情報源だった。

 「E気持」は大学(キャンパス)が舞台で、そこでABCと進んでいく男女が噂になる。大学を舞台にしたのは歌の過激さをやわらげるためだろう。噂が噂として広まるのは平均から突出した者に制裁を加えるためであることが多いのだが(現在では、噂は、画像や音声という根拠をともなって写真や動画で拡散される)、この歌ではそうではなく、俺達は〈仲間同志さ手を貸すぜ/大人は昔の自分を忘れてしまう生きものさ〉とあるように、仲間うちで連帯し、無理解な大人に対抗しようとするのである。80年代前半まで中学・高校は生徒の暴力で荒れており、その原因は大人たちの無理解とされていて、沖田浩之は生徒の暴力やいじめがテーマだった『三年B組金八先生』の第二シリーズ(19801981)で注目されたから、その雰囲気が歌にまで持ち越されたのだろう。〈常識なんてぶっとばせ〉と歌うこの歌は、性の解放は旧弊からの解放の象徴でもある。

 もうひとつよく知られるABCソングは中山美穂のこれもデビュー曲「C」(作詞、松本隆1985年)である。中山自身が出演するテレビドラマ『夏・体験物語』の主題歌で、ドラマは初体験に憧れる女子高生たちの学園コメディ。性的モチーフが中心となり、16歳で初体験し妊娠・中絶したり避妊の方法とか結構なまなましいセリフが飛び交う。歌詞もそれに見合ったもので、〈Tシャツを脱ぎながら 入り江に走る/見ないでね 約束よ 水晶の波/てのひらに もぎたてのリンゴかくして〉とエロティックである。〈Cから始まる 恋のバラード〉とあり、この頃になるともう、ABCの順番どおりではなく、ABCの全てを一度に経験してしまうようになっている。沖田浩之の「E気持」がたとえ駆け足でも段階を踏んでいくとしたら、こちらはまどろこしくてそんなことはやっていられないとばかりに、一足飛びに〈Cから始まる〉のである。〈友達と話したの 誰が最初に 大人への階段を登るかなって〉ともあって、ABCの段階的進展を踏まえているように見えるが、この場合は一段目が〈C〉なのである。

 

2 果実ソング

 中山美穂の「C」で注目したいのは、〈てのひらに もぎたてのリンゴかくして〉というところだ。この歌は、月明りの夜の入り江で若い男女が性行為を行うというものだ。女性の方は初体験らしい。それをきらびやかな言葉を散りばめてロマンチックなものとして書いている。この作詞家は〈月明かり(灯り)〉と〈入り江〉の組み合わせが好きで、他にも、松田聖子秘密の花園」(1983年)、近藤真彦「永遠に秘密さ」(1984年)などでも用いている。入り江は海岸線がくぼんだ場所で周囲から隠されている。それが月明かりとなれば一層神秘めく。

 〈Tシャツを脱ぎながら 入り江に走る……てのひらに もぎたてのリンゴかくして〉とあり、手ブラで胸を隠したということである。歌詞を読むと、夜の浜辺で男を追いかけながらTシャツを脱ぎ捨て、胸だけは手で隠している、という珍妙な絵が浮かぶ。それに、ここまでは積極的なのだが、性行為に入るとウブなお姫様みたいに神妙になってしまうギャップもおかしい。能動性と受動性を組み合わせている。女性の性へのあこがれを描いているように見えて、実は男性の願望を投影したもののようにも思える。歌を受容する若い男女のどちらが聞いても自分が都合よいように解釈するであろう。

 それはともかく、ここで〈もぎたてのリンゴ〉というのは若い女性の乳房の比喩である。松本隆もよくこんな歌詞を書いたと思うが、ウィキペディアでは自ら志願して書いたものだとの記載がある(「C」の項目)。松本はちょうど松田聖子から距離を置き始めた頃で、聖子は並のアイドルとは別格だったからできなかったが、いかにも女性アイドルのデビュー曲っぽいエッチなアレゴリーの歌詞を書いてみたかったのかもしれない。

 脱線するが、松本隆が書く聖子の歌はたいてい相手の男性より少し高みにたってものを言うところがあって、歌詞のなかの女性は聖子のイメージでちょっとお高くとまっていた。相手の男のことを「白いパラソル」では〈あやふやな人ね〉と言い、「赤いスイートピー」では〈気が弱い〉、「渚のバルコニー」では〈あきれて〉、「Rock'n Rouge」では〈決めてるけど絵にならない〉、「ハートのイアリング」では〈男らしく抱いて〉などと、相手のことは好きだけれど相対的な優位を随所に示す物言いをしている。また、「秘密の花園」の〈私のことを口説きたいなら〉、「天国のキッス」の〈愛していると言わせたい〉、「ピンクのモーツァルト」の〈色っぽい動きだけ計算してる〉など、自分が主体となって相手を操作している一面があるところを見せる。松田聖子は男に都合よく動かせるアイドルのイメージを付与されなかった。都合よく動いているようでも、そこにはしたたかな〈計算〉がある、というイメージが歌詞によって作られている。

 話を戻すと、歌で、若い女性を果実に喩えることはよくある。古いものにスリー・キャッツ「黄色いさくらんぼ」(作詞、星野哲郎1959年)がある。冒頭から〈若い娘は ウフン〉とお色気満載で、〈ほらほら 黄色いサクランボ/つまんでごらんよ ワン/しゃぶってごらんよ ツー/甘くてしぶいよ スリー〉と思わせぶりだ。この歌でサクランボが具体的に何を意味しているのかははっきりしないが、歌詞の言葉やサクランボの大きさから、乳首など身体の部位を想像させる。サクランボが黄色とされているのは、黄色の種類のサクランボということではなく、赤く色づく前の成熟していない状態を思わせる。黄色=若い娘、ということである。

 戦後すぐに流行った「リンゴの唄」(作詞、サトウハチロー1946年)の〈赤いリンゴ〉は換喩的である。この歌でリンゴに〈くちびる寄せて〉いる語り手(歌い手である若い女性)はリンゴと密接に関係した存在であり、赤い頭巾をかぶった女の子を赤ずきんちゃんと言うように、リンゴについての記述はそのまま語り手についての記述になっている。だから〈リンゴの気持ちはよくわかる〉というのである。オリジナル盤では一番を並木路子、二番を霧島昇が歌っている。歌詞の二番では〈あの娘よい子だ 気立てのよい娘/リンゴによく似た 可愛い娘〉とあるように、第三者の視点になるが、歌い手が交代していることを考えると、視点の交代は妥当な解釈であろう。ここではリンゴは直喩として用いられる。だがこの歌では、リンゴはたんなる比喩にとどまらず、言葉にしがたい様々なものの象徴になっている。

 山口百恵の「青い果実」(作詞、千家和也1973年)はよく知られるが、タイトルには「果実」とあっても、歌詞に果実は出てこない。次に、歌詞に果実が出てくる歌をいくつか掲げてみよう。

 

・私は今もぎたてのオレンジ したたり落ちる甘いしずく/私は今まぶしさの最中 季節の色に染まる果実(柏原芳恵「毎日がバレンタイン」作詞、阿久悠1980年)

・私達って早熟の果実甘い蜜の香り 熱い吐息 頬をピンクに染めてた(おニャン子クラブ「早すぎる世代」作詞、秋元康1985年)

・軟派少女の真似して 口笛吹きほどいたポニーテイル/午前四時のビルの谷間 ガラスの天使たちがいっぱい……ひと夏のさよならの果実たち(荻野目洋子「さよならの果実たち」作詞、売野雅勇1987年)

・近ごろ私達は いい感じ/悪いわね ありがとね これからも よろしくね/もぎたての果実の いいところ/そういう事にしておけば これから先も イイ感じ(PUFFYこれが私の生きる道」作詞、奥田民生1996年)

・成熟した果実のように あふれ出してく 欲望に正直なだけ(SPEED「Go! Go! Heaven」作詞、伊秩弘将1997年)

・柔らかい口唇は禁断の果実……あぁ甘く香り立つ 魅惑の果実(深田恭子「最後の果実」作詞:黒須チヒロ1999年)

 

 例にあげたのは、いずれも男性が作詞し、若い女性アイドルが歌うものである。期せずしてそういうものばかりになったが、男性歌手が果実ソングを歌っていないわけではない。女性歌手もカマトトぶってはいるが歌詞の意味がわからないわけではない。彼女たちにこのての歌を歌わせるのは、商品説明を自分でおこなわせると同時に、作り手も聞き手も「言葉責め」を楽しみたいところがあるからであろう。

 女性を食べ物に喩えるというのはよくある。なかでも果実というのは未熟な青い状態から、熟れた成熟した状態まで変化があり、また、割れば果汁があふれてくるなど、エロティックな想像をかきたてやすい。

 果実というのは、その前に花の状態がある。花も女性の比喩になる。〈うつ向き加減の Little Rose 花びら 触れて欲しいの〉(松田聖子青い珊瑚礁」作詞、三浦徳子、1980年)などがそうである。花が開く前は蕾で、少女のままであることを意味する。蕾、花、果実という植物の変化が、そのまま人間の女性の成長になぞらえられる。

 果実は女性の喩えであるだけではなく、男女問わず若者を指したり、恋愛の心理状態を指したりすることがある。『狂った果実』(石原慎太郎)、『不機嫌な果実』(林真理子)といった小説があるが、これらは性に対して奔放なところがある人たちが登場している。学歴に苦闘する大学生の青春を描いた『ふぞろいの林檎たち』というテレビドラマもあった。最近だと『フルーツ宅配便』(鈴木良雄)というマンガは性風俗を描いていて、源氏名がレモン、あんず、モモといった果物名である。

 恋愛の心理状態を果実に喩えるのは、例えば河合奈保子「夏のヒロイン」(作詞、竜真知子、1982年)の〈甘いですか酸っぱいですか ちょっと青い フルーツみたい これが恋ね あなた〉がそうである。甘いだけではない、ちょっと酸っぱいところがあるのが恋愛なのだということであろう。また、甲斐智枝美「レモンの恋」(作詞、竜真知子、1981年)では〈恋は青いままのフルーツ……レモンの恋 もう はなさないでね〉と歌われる。こちらの恋はさわやかではあるが酸っぱさが強そうだ。いずれも作詞は竜真知子である。

 果実のいくつもある種類のなかで歌詞によく用いられるのが林檎や桃である。これらは球形をしており、男性に比べ曲線で構成される女性の身体に類似の想像力がはたらく。とくに胸部と臀部の膨らみは女性の身体の外観を特徴づけるから、球形の果実が比喩の対象に選ばれることになる。

 まずは小説から果実の比喩をあげておこう。村上春樹は独特の比喩で知られるが、これはそれほどオリジナリティはない。「グレープフルーツのような乳房」(『風の歌を聴け』)、「グレープフルーツのような大きさとかたちの、美しい一対の乳房」(『1Q84』BOOK 1)と果実の比喩を書いている。男性週刊誌のグラビアでは、「たわわなフルーツボディ」のような表現をしばしば見かけるし、大きな胸の女子アナがスイカップと呼ばれたこともあった。NHK地方局の契約キャスターだった古瀬絵理は、その胸の大きさからスイカップのあだ名がつけられた。ウィキペディアによるとそれは2003年である。このことが重要なのは、おそらく、それまで小説や歌の歌詞など限られた場所で用いられていた果実の比喩表現が、ここで一気に人口に膾炙したであろうということだ。

 女性の胸の重さを果実で喩えると何になるかというウェブページがいくつかある。以下、カップサイズと両胸の平均的な重さによる喩えである。

A 140g キウイフルーツ1個分

B 280g リンゴ1個分

C 480g グレープフルーツ1個分

D 760g リンゴ2個分

E 1.1㎏ パイナップル1個分

F 1.6㎏ マスクメロン1個分

G 2.2kg 小玉スイカ1個分

https://nakanode.com/breast-size/

 上記で参考にしたのはブラジャーを扱う会社のホームページなので、女性が見て嫌悪感を抱かないように配慮されているはずである。重さを比較するのが趣旨であるはずだが、形状においても球形の果実のほうが類似のイメージが持てるようだ。ここで選ばれた果実は文芸や流行歌などで比喩する対象となったものと共通している。

 これまで果実と書いてきたが、果物と書いても同じである。指す対象は同じだが、果物のほうが食べ物としての意味が強くなる。果物は食料品としての用語で、果実は生物学の用語だ。女性の身体を果実に喩えるのはそれが食べ物でもあるからで、性と食はつながっているとはよく言われる。次の歌詞は、食べることが攻撃性へと変わってしまっている。

 

・君の胸は まっ赤なリンゴさ まっぷたつにわりたい この指で/かぶりつき みつの味を 一人じめしたいよ(あいざき進也「狙いは女神」作詞、岡田冨美子1975年)

・ほらリンゴは食べごろだよ 噛めば 愛の血が満ちる……もう芯まで熟れてるのに 照れててんでいくじなし!(森川美穂「姫様ズームイン」作詞、ちあき哲也1986年)

 

 次の歌は珍妙なタイトルだが、ここにリンゴが出てくる。これは身体の部位の比喩というよりは恋愛の状態のことである。リンゴが出てくるのはロビンフッドが頭の上に置いたリンゴを見事矢で射たからで、そのロビンフッドの矢も、恋のキューピッドの矢からの連想で出てきたものだろう。矢はエロティックなものを連想させる。

 

・木陰に身をかくし ロビンフッドみたいに すばやく愛の矢をはなってくれた/青い青いリンゴが 赤く赤く色づいたのは あなたの矢がささったせいよ(榊原郁恵「いとしのロビン・フッドさま」作詞、藤公之介、1978年)

 

 次の歌にはイチゴが出てくる。イチゴは赤いので口唇の比喩になりやすい。ひとつめはまさにそれで穏当だが、ふたつめのイチゴは乳首の比喩である。しかもそれをタイトルにもってきている。17歳の女性アイドルにこういう歌を歌わせるのは1980年代後半のアイドル冬の時代を生き残るために必要な過激さだったのか。作詞の阿久悠も全盛期の感覚を失くしていたのか。

 

・ボニーボニー イチゴのような君のくちびる(近藤真彦「ミッドナイト・ステーション」作詞、松本隆1983年)

・たとえばそうね いちごがポロリ そんな感じかな/踊りに夢中に なってるあいだに 肩ひもがずり落ちて/そりゃもう おおさわぎ(本田理沙「いちごがポロリ」作詞、阿久悠1988年)

 

 次の二つの歌ではピーチ(桃)が出てくるが、ここでは女性の皮膚の色味や肌理の比喩になっている。

 

・君はもう まるごとフルーツのようです 素肌もかわいらしくピーチ/ぜひとも今夜 愛のフォークで突き刺したい で すかさず頬ばりたい……あふれる果汁 指ですくってホラ 味わってみたい(及川光博「まるごとフルーツ」作詞、及川光博2002年)

・薄いピーチの皮をむいてゆくように ストッキングをそっと脱がせようか(大谷めいゆう「フルーツ・ラ・ブ・モード」作詞、田久保真見2009年)

 

 果実の中では、ピーチ(桃)が一番女性の身体に近いかもしれない。『いろごと辞典』(小松奎文、角川ソフィア文庫2018年)には「桃」の項に、そっけなく「お尻」とあるだけ。この辞典は江戸時代中心だが、用例もないので、当時はそれほど広く用いられなかったのだろう。桃も今ほどありふれてはいなかった。当時は現在ほど身体の発育もよくなかったから、果物のように丸く張った乳房やお尻は少なかっただろう。ちなみに「桃尻」というのは、エロティックなお尻のことではなく、桃の実の先が尖っていることから、尻の落ち着かないことである。

 アメリカ俗語辞典』には、「peach」は「アンフェタミン」、「fruit」は「同性愛者」という説明がある。ネットで果物に関するスラングを調べても、果物が女性の身体に直接結びついているものは少なく、メロンが胸のことを言うとあるくらいだ。アメリカでは身体に向けられた性的なまなざしが果物のような比喩的媒介を経ずに直接、即物的にそれを捉えるのかもしれない。果物を女性の身体に結びつけて想像するのは現代日本においてだけなのか。今後の課題にしておく。

 ピーチ(桃)がそうだったが、球形という形状のほかにも、果実は女性の身体を連想させるところがある。果汁や食感(やわらかさ)、味覚(甘酸っぱさ)などに重点が置かれ、他の果実が選ばれることもある。

 

・ねえ 抱きしめられたら 甘いジュースになっちゃう/私もぎたてフルーツ パイナップルみたいに/ねえ わたしをみて ホラ みつめられたら はじける/私とびきりジューシー パイナップルみたいに(小泉今日子「パイナップル・フィーリング」作詞、森雪之丞1983年)

・君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね/咲かせましょうか 果実大恋愛(フルーツ・スキャンダル)(中原めいこ「君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね」作詞、森雪之丞1984年)

 

 並べてみて気がついたのだが、いずれも作詞は森雪之丞であった。こういう発想を好む書き手なのだろう。後者は、パパイア(おっぱい)、マンゴー(おまんこ)といった響きが連想されるために選ばれたのだろう。いずれも若い女性自身に歌わせるところがミソである。歌ってる方も、歌詞の裏の意味なんて関係ないという顔をしている。

 果実を直接指さず、それが生(な)っている状態を言うことで間接的に果実の比喩を用いている場合もある。果実が枝にたくさん実ると重みで枝がたわむ。「たわむ」という動詞が形容動詞になったのが「たわわ」。〈たわわな胸〉〈たわわなバディ〉のような例がいくつかあるが、「たわわ」には大きいとか豊かという意味はない。〈たわわな胸〉は「柔らかに曲がっている胸」ということで、日本語として意味をなさない。略し過ぎである。たわわに実る果実のような胸、と言わねばなるまい。「たわわ」という語の響きにたくさん生っている感じがあるので勘違いしたのだろう。

 女性の身体を果実に喩えないで直接言うこともある。

 

・そっと口唇なぞれば華しゃな腕絡みつくよ/熟れた乳房鷲掴み どこまでアバンチュール(郷ひろみ「どこまでアバンチュール」作詞、HENRY HAMAGUCHI1984年)

 

 作詞のヘンリー浜口というのは(作曲もしている)、郷ひろみペンネームである。このとき郷ひろみ29歳になっており、アイドルという年齢でもなかったから欲望を率直にぶつけたような歌詞を書けたし歌えたのだろうが、〈熟れた乳房鷲掴み〉とは冒険的な表現である。〈自分で乳房をつかみ〉と歌う「時には娼婦のように」(作詞、なかにし礼1978年)の衝撃的なヒットから6年経っていたが、当時34歳になったばかりでニヒルなイメージのあった黒沢年男ですらこの歌を歌うのを尻込みしたという。だが、ひろみの歌には「時には~」のような退廃さはなく、方向性を見定めるための実験として〈アバンチュール〉に傾斜しているように見える。いずれにしても、こうした直接性は女性アイドルにはとうてい無理である。

 歌詞サイトで検索すると、歌詞に「乳房」を含む歌は200曲弱あった。そのほとんどが演歌と、エロをタブー視しない男性歌手によるもので、演歌は女性も歌っているが、若い女性アイドルはいない。演歌の場合〈乳房〉は、エロティックなイメージよりは母性的なものに回収されていく。

 女性の身体の部位を果実の比喩で表現することは、言葉としては迂遠であるが、イメージ喚起としては効果が高い。基本的に隠されている部位については、それを言葉で指し示されても指示対象についてのイメージが乏しいので言葉の響きが残るだけである。だが、よく知っているもので喩えられると、それを頼りに想像力を発動させることができる。比喩によるコラージュである。そしてまた、たんなる形状の類似だけでなく、その色や肌触りや弾力性(桃)、果汁のしたたり具合、熟し具合、食べること(究極の所有感)などが比喩の連鎖としてアレゴリカルに受容される。こうした点で、女性の身体部位のうち性的特徴のある部分を直接名指すよりは(場合によっては放送できないし、同性からも拒絶される)、果実による比喩で表現したほうがエロティックな度合いが増すのである。そしてそれを、本来ならその意味に気づいて恥ずかしがる年頃の女の子たちに、売ることと引き換えに歌わせることで従順さもが演出されるのである。