Jポップの日本語

流行歌の歌詞について

ホステス探しもの−−尋ね人ソング

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 水商売の女性を歌った歌は多いが、今回はその中でも、ある分野に絞って考察してみたい。

 「ホステス探しもの」とでも呼ぶべき種類の歌がある。水商売の女性に惚れてその人が店を変えるあとを追いかけたり、あるいは水商売に「身を落とした」知り合いの女性を探しにあちこちの店を尋ねまわるというものである。

 水商売で客を接待する仕事に携わる女性をなんと呼ぶか。店の種類や使われる文脈によって、ホステス、キャバ嬢、キャスト、フロアレディ、あるいは単に「女の子」などともいう。仕事の身分によって売上嬢とヘルプに分かれている。店の種類は、ナイトクラブ、ラウンジ、キャバクラ、ガールズバー、スナックなどがあるが、明確に違うというよりは、中間形態も少なくない。

 歌に出てくる水商売の女性というのは、キラキラした売上ナンバーワンといったタイプは少ない。その世界になじめず、ひとり悩んだり、男が手をさしのべてくれるのを待っているようなタイプが多い。店も華やかな一流店ではなく、哀愁ただよう場末の店である。特に「ホステス探しもの」の歌ではそうである。探す方は水商売の世界から抜け出してもらいたくて探しているので、女性が羽振りがいいことを想定していない。うまくいってないと思うから救い出そうとしているのである。

 水商売の水の意味にはいくつかあり、水の流れのように不安定な商売であるとか、江戸時代に道ばたでお茶をだして休息させる水茶屋からきているとか、諸説ある。角川国語辞典には、水商売の意味として、「待合・料理屋など、客の人気によって収入が左右される、はやりすたりのはげしい商売。接客業。」とあるが、たんに客の注文をとったり配膳したりするのではなく、風俗営業許可をとって、客に酒を提供し、その横に座って話をしたり一緒にカラオケを歌ったりするようなサービスをしているようなものが水商売のイメージの中心にある。それは主として、性的な魅力で客を誘引しもてなす仕事であるが、性的サービスとは違う。性的サービスを行うには、性風俗関連特殊営業の許可が必要になる。こちらは水商売というより狭義のフーゾクである。「ホステス探しもの」の歌は、字義通り水商売の女性を探す歌である。

 「ホステス探しもの」の歌には共通の特徴があって、それは女性が次々店を変えるということである。それによって探す方との追いかけっこが生じる。そもそも水商売の女性はずっと一箇所の店にとどまることが少ない。いろんな店を渡り歩く。もっと条件のいい店に移ったり、あるいは何かトラブルがあったりして短期間で店を変えていく。

 

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 「ホステス探しもの」の歌の要素がはっきり出ていて、最もよく知られ、歌詞も出色の出来栄えであるのは、ダウン・タウン・ブギウギ・バンド港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」(作詞:阿木燿子、一九七五年)である。私は当時小学生だったが、〈一寸前なら憶えちゃいるが 一年前だとチトわからねエなあ〉とか〈髪の長い女だってここにゃ沢山いるからねエ〉とか〈アンタ あの娘の何んなのさ!〉というセリフは、子どもたちのあいだでも大流行した。頼みごとをしても、〈ワルイなあ他をあたってくれよ〉と冗談半分にかわされてしまうのである。

 歌詞→http://j-lyric.net/artist/a04a929/l005c6f.html

 歌詞の語りは、探す側の視点が映画でいうPOVのように主観ショットで移動していく。発話主は店の男性スタッフや女性キャストであり、そのセリフが歌詞として語られる。いずれもぞんざいな言葉遣いを特徴にしており業界の品性を活写している。

 ダウン・タウン・ブギウギ・バンドは、サングラスに白いツナギといった暴走族ふうのいでたちをしていたが、ハードな不良というより、ヒットした前作の「スモーキン・ブギ」や「港のヨーコ」の裏面である「カッコマン・ブギ」に見られるようにコミカルさを持っていた。「港のヨーコ」という歌にとって、歌い手の外観の威圧感が与えるホンモノ性と、不良性のガス抜きとしてのコミカルさの両輪が、大衆ウケの促進剤になったと思える。

 歌詞には、〈アタイたちにゃアイサツなしさ〉とか〈仁義を欠いちゃいられやしないよ〉といったヤクザまがいの言い方が出てくる。水商売の世界は任侠というほど世間と隔絶したところではないにしても、縦の関係が厳しい体育会系のノリが持ち込まれている。ボーカルの宇崎竜童はその後俳優としてもいくつかの作品に出演するが、この歌でセリフまわしは板についていた。

 歌詞には、探す人の言葉も探される人の言葉もそれ自体は出てこず、第三者の語りを通して両者の関係がだんだん明らかになってくるという技巧的なものになっている。男が探偵のように探すのであるが、〈一年前〉〈半年前〉〈三月前〉〈一と月〉〈たった今まで〉とだんだん近づいていく感じがスリリングで、最後はすれ違ったまま歌は終わってしまう。いろんな人の証言をもとに合わせ鏡のように人物像が浮かび上がってくるが、肝心の人物は不在、つかまえたと思ったらするりと逃げ、中心は空虚なままで、ハードボイルドのミステリーを縮約したような見事な構成である。歌詞は五番まであるが、一、二番は横浜、そこから流れて三、四、五番は横須賀の店に移っている。

 

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 歌詞の内容をもう少し詳しくみてみよう。

 ヨーコはどのような女性だったのか。人のあとを追いかける歌であるから、居なくなる寸前の手がかり、つまり、どのように辞めたかが主として述べられている。

 辞める経緯はどれも酷い。〈アタイたちにゃアイサツなし〉だったり、ふいに〈仔猫といっしょにトンズラ〉したり、〈前借り残したまんま一と月〉でいなくなったりと、いい加減である。最後の店では〈客がどこかをさわったって店をとび出していっちまった〉ということだが、おそらくこのまま戻らないと想像される。ホステスはフリーの個人事業主であり、店は場所を提供しているだけなので、店を渡り歩くのはよくあることだが、こうも唐突で辞め方もきれいではないと、店としては迷惑だろう。

 辞めるにあたっては一応予兆というかきっかけみたいなものはある。

 

 ・マリのお客をとって大さわぎになった→居づらくなったのか店の者に挨拶もなく辞めた

 ・小さな仔猫を拾った→仔猫を飼うなと言われたのか、仔猫に自分を投影したのか、仔猫といっしょに突然姿を消す

 ・外人相手で可愛そうだった→ルールの通用しない米兵の客に尊厳を傷つけられたのか、たった一か月でいなくなった

 ・客がどこかをさわった→客がさわることを黙認するようなゆるい店にまで落ちたことを身にしみて感じたのか、我慢できず店をとび出した

 

 ヨーコは夜の商売にはむいていないようだ。店でも〈あんまり何んにも云わない娘〉と思われていたから、人間関係の構築は苦手なのだろう。〈仔猫と話していた〉というのは、周囲になじめず孤立していたということだ。どの店でもそういう感じだったのである。むいていないことは自分でもわかっていたはずだが、ヨーコはなぜ水商売にこだわり、同じような店に次々移っていったのか。

 歌の中で、唯一ヨーコを評価する証言がある。それは〈ジルバがとってもうまくってよお〉というものだ。ジルバは戦後米兵がもたらした社交ダンスで、ペアで踊る。男女が密着しないので恥ずかしさは少ない。難易度もそれほど高くない。横浜には横浜ジルバ(ハマジル)と言われるものがあって男性が女性を操るように踊るが、ヨーコはハマジルが好きだった可能性もある。ヨーコはそういうダンスを踊れる店を主に選んでいたのだろう。〈あんまり何んにも云わない娘〉なので接客も下手だっただろうが、他のホステスの客を横取りしてしまうくらいだから、ダンスが上手いとか、スタイルがいいとか、そこそこ魅力的な雰囲気のある娘だったのだろう。そのため、目立ったトラブルがなければ店で働き続けられたのである。

 男がヨーコを探すのは、ヨーコが自分にあった職業を選べていないので、心配しているということだろう。置かれた状況をはっきりと理解せず、嫌なことがあったらすぐ辞めて他の店に移るということを繰り返すようでは本人に未熟なところがあると言われても仕方ない。〈ウブなネンネじゃあるまいしどうにかしてるよあの娘〉と呆れられるのも当然だ。ヨーコには覚悟が不足している。

 ところで、ヨーコというのは作詞家(阿木燿子)自身がヨーコという名前であり、歌い手であるバンドリーダー宇崎竜童の妻でもあることから、歌い手がその妻を探し歩いているかのような趣があり、この歌のかすかなリアリティを底支えしている。また、ヨーコという名前は横浜、横須賀という地名と響き合って頭韻を形成し、口調の心地よさを生じさせている。「ホステス探しもの」はなぜか横浜、横須賀といった港町の店にいることが多いが、それに名前をからめる妙技には舌を巻く。宇崎/阿木のコンビはこの歌の翌年、山口百恵に「横須賀ストーリー」という歌を提供するが、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」のヨーコ像は、ここで新たに山口百恵を加えることになった。

 

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 小林旭の「昔の名前で出ています」(作詞、星野哲郎、一九七五年)は「港のヨーコ」とは逆に、探してもらう側である女性視点によるものである。〈横浜(ハマ)の酒場〉に流れ着くので、この歌は「港のヨーコ」のアンサーソングかと思ったら、同じ年に少し早く出ているのである。

 歌詞→http://j-lyric.net/artist/a000d3b/l005c9e.html

 この女性は、歌詞に出てくる地名だけでも、横浜→京都→神戸→横浜と移動している。関東と関西を股にかけているが、おそらく中京方面にもいたのではないか。小林旭の歌なので、各地の繁華街を渡り歩く女性は、女性版の「渡り鳥」なのである。歌詞の中では〈流れ女〉と言っている。

 この歌で面白いと思ったのは、〈あなたがさがして くれるの待つわ〉〈あなたを信じて ここまできたわ〉〈あなたが止まって くれるの待つわ〉と歌っているところだ。うっかりすると、〈あなた〉が自分を探しまわってくれているように思ってしまうが、実は〈あなた〉が動いてくれているか私にはわかっていないのである。〈あなた〉の姿はどこにも出てこない。そもそも〈あなた〉との縁を捨てて関西に行ってしまったのだから、今さら〈あなたを信じて〉戻ってきたと言われても、虫がいいと思われるだけだ。〈あなた〉と別れたのは何か深い理由でもあったのか、なかったのか。それは歌詞には書かれていない。実は歌詞に書かれていないことが一番重要なのである。逆に歌詞に書いてあること(ボトルにあなたの似顔を描いたとか)は、どうでもいいことだ。あなたのことを忘れたことはなかったというのも嘘くさい。京都や神戸の店で使っていた適当な源氏名がなんだったのかも、横浜の店にいて何の関係があるというのか。

 この歌も「港のヨーコ」のように捜索人と尋ね人のすれ違いを描いているように思えるがそうではなく、女性による一方的な期待があるだけである。そうなってほしいという願望だけである。だが、期待が実現するのは困難だろう。横浜、横須賀に限定された「港のヨーコ」ですら結構苦労して探しているのになかなかたどりつけないのに、こちらの歌では、いつ横浜に戻ってきたのかも相手に伝わっていないだろうし、手がかりとして提示されるのが「昔の名前」しかないのでは心もとない。昔と同じ店に戻ったのなら、男は客として通っているかもしれないが、そうではないだろう。女は元の店には戻りにくいだろうし、考えてみれば男のほうも居なくなった女の店に通い続けるとは思えない。

 手がかりになるのは「昔の名前」だけだが、〈京都にいるときゃ忍〉〈神戸じゃ渚〉と名乗ったように、水商売の女性の名前(源氏名)は同一性をあてにできない最たるものである。「昔の名前」も同じように頼りにならないものである。「昔の名前」ではなく「本当の名前」で探してもらえないところに、〈あなた〉との関係が結局は水商売の虚構世界を出られない限界を持っていることを示している。

 ところで、歌詞には〈流れ女の さいごの止まり木に あなたが止まって くれるの待つわ〉とある。〈止まり木〉というのは、私は酒場の横長のカウンターのことだと思っていたが、ネット辞書には、カウンターの前にある高い椅子のこととある。どちらでもよいが、換喩として、ひととき寛ぐために立ち寄れるちょっとした飲み屋とか、そのような役割のある人物も意味している。この歌詞の〈さいごの止まり木〉というのは、〈流れ女〉にとってその店が〈さいごの止まり木〉であり、同時に自分自身も〈あなた〉の〈止まり木〉となるべく待っているということである。だが、流れのなかにある〈止まり木〉ではなんとも不安定である。流れる/止まるという矛盾した表現をしなければならないところに、水商売の世界の思考様式にからめとられた悲しさがある。

 〈流れ女〉は、流れているうちはどこか主体性があってそうしているように見えていたはずである。だがその流れが止まってしまうと、〈待つ〉しか手立てがなくなり、とたんに受け身になってしまう。受け身になる理由のひとつに、水商売の女性はドア・ツー・ドアができないという限界がある。店を拠点とした場合、拠点間を移動して目的の場所に近づくことはできるが、そこから先の各家庭までは入り込むことはできないのである。それは仮りそめの名前のネットワークと本当の名前のネットワークとの違いでもある。前者の人間が後者の世界に行くのは難しい。後者の世界から客として人が訪れてくるのを待つしかないのである。

 この歌は観点を変えて読むこともできる。この歌は男性によって歌われているところから、男性の願望を開陳している歌だと考えることもできる。かつて男が気に入った水商売の女性がいて、ある日姿を消してしまったが、どこかで自分が探してくれるのを待っているのではないかという妄想を女性になりかわって歌っているとも考えられる。男にはどこか、苦界に身を落としている女性を救ってみたいという願望があるのではないか。男と女、いずれの立場からも解釈できる奇妙な歌である。

 

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 石原裕次郎の死の翌月に発売された「北の旅人」(作詞、山口洋子、一九八七年)は、好きな女性の行方を探して北海道をあちこちまわるというもので、釧路、函館、小樽と、昭和四〇年代に流行ったご当地ソングでよく歌われた地名が出てくる。道東、道南、道央と広すぎて探しようがないように思うが、こうなると観光のついでに探しているような気がしてくる。

 歌詞→http://j-lyric.net/artist/a0009fe/l0014ae.html

 手がかりがないわけではない。〈ふるい酒場で 噂をきいた〉という。古い酒場というので、人があまりこない店である。儲からないから改装できず古いままだ。なぜそういう店にいたのか。たぶん探している人はあまりそのての接客をしたくないのだろう。それであまり人がこないような店を選ぶのである。あるいはそういう店でないと雇ってもらえないような地味な女性なのかもしれない。しかし、そこも〈半年まえまで 居たという〉ので、すでにやめてしまっていた。半年前までいたというのは「港のヨーコ」と同じである。細いつてをたどって近づいてはいるようだが、永遠に近づけない。それは相手も何かから逃げるように移動し続けているからである。あるいは、一曲のなかに、よくばって人気地名をいくつも織り込むためには場所を変遷する必要があるのでそうしているのかもしれない。

 〈いまでもあなたを 待ってると いとしいおまえの 叫(よ)ぶ声が〉とある。男は、女が自分を〈待ってる〉と思っている。ここで気になるのは〈いまでも〉という言い方である。〈いまでも〉というのは、別れてからかなり時間が経っているということを意味する。この男はなぜいまさら女を探そうという気になったのだろう。仕事を辞めて時間ができたので、昔つきあった女のことをふと思い出したのだろうか。いまさらやり直したいわけでもあるまい。時間が開いているのに、なぜ探す気になったのか。おそらく、こういう尋ね人ソングを歌う方も聞く方も年をとったということが外形的な理由だろう。この歌がレコーディングされたとき昭和九年生まれの石原裕次郎は五〇歳を過ぎており、病気でなかったとしても、釧路や小樽を探し歩く姿を思い浮かべるのは現実的ではなかったはずだ。身も蓋もない言い方になるが、初老にさしかかった男性の、夢は枯野を駆け巡る歌なのである。

 歌詞を読んでも、この歌の女性は本当に居たのかと疑問に思えてくる。〈いとしいおまえの 叫(よ)ぶ声が 俺の背中で 潮風(かぜ)になる〉とか、〈どこへ去(い)ったか 細い影〉〈消えぬ面影 たずねびと〉などと影のように存在感が希薄なのである。幻想のなかに存在した女性ではないかと思えてくる。〈いまでもあなたを 待ってる〉という一方で、〈どこへ去(い)ったか〉わからないというのも幻影を追いかけているかのようである。手がかりを残さず消えてしまうのは借金から逃げているからだとでも解釈できなくはないが、本当は存在しない女性なのではないだろうか。

 小林旭の「熱き心に」(作詞、阿久悠、一九八五年)では女性の姿は消えてしまっている。〈別れた女(ひと) いずこ〉とどこにいるかわからなくなっているが、だから探そうとか会いたいというわけでもない。懐かしくはあるけれど、いまさらよりを戻したいとは思っていない。〈熱き心に きみを重ね 夜の更けるままに 想いつのらせ〉というように、自分の心の中で済まされている。この歌を歌ったとき昭和十三年生まれの小林旭はあと数年で五〇歳にさしかかろうとしていた。さすがに〈オーロラの空の下 夢追い人ひとり〉さまようのは無理だろう。「夢は枯野を」系の歌なのである。そしてこういうとき同行二人となるのが昔の女の幻影なのである。その幻影の女は男の幻想のなかで〈いまでもあなたを 待ってる〉と言っては男を誘っているのであろう。

 

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 「北の旅人」がそうだったように、「ホステス探しもの」は全国各地の繁華街を尋ね回るので、ご当地ソングと親近性がある。

 ご当地ソングが多い都道府県を調べたテレビ番組(「誰も調べた事がない日本語ランキング」二〇一八年、フジテレビ)によれば、ベストテンは一位から順に、東京、大阪、北海道、神奈川、青森、京都、沖縄、長崎、福岡、静岡となっている。(収録曲のタイトルに地名・名所・方言など、その土地の何かを表すモノが入っているものをご当地ソングとしてカウント。)https://kakaku.com/tv/search/keyword=ご当地ソングが多い都道府県ランキング/

 東京はダントツの一位だが、首都としての象徴性もあるから当然としても、人口が多いから上位にランクインするというわけでもない。人口の多い愛知は十六位、埼玉は四四位、千葉は三四位である。むしろ観光で行きたい都道府県ランキングのほうに近いといえる。

 観光地として人気があるからご当地ソングが作られるということもあるだろうが、ご当地ソングが人気となって観光客が押し寄せるというパターンも少なくない。例えば長崎などもそうである。この場合の長崎は長崎県というより長崎市周辺である。

 長崎の歌として真っ先に思い浮かぶのは、「長崎は今日も雨だった」(作詞、永田貴子、一九六九年)である。長崎は日本の中でもとくに雨が多い地域というわけではない。(年間降水量は長崎県は毎年十一位か十二位のあたりにいる。)歌の印象が強いので、長崎はいつも雨煙にくすぶっている感じがするのである。その土地の印象(しかも正確ではない)を言葉で作り上げてしまった例である。そしてこの歌は、歌詞をよく読むと「ホステス探しもの」でもある。場所はあちこち移動せず、長崎市の繁華街で探している。

 この歌の成立にあたってはいくつか有名な逸話がある。長崎のグランドキャバレーで専属バンドとして歌っていた内山田洋とクール・ファイブだが、競合店のバンドがオリジナル曲「思案橋ブルース」で世に出てそれがヒットしたので、負けじと作ったのがこの歌である。思案橋というのは、長崎にある丸山遊郭の近くにあった橋で、遊びに行くかどうしようか迷ったというところからきている。思案橋、丸山のあたりは今も長崎で一番飲み屋の多い街である。

 青江三奈の「長崎ブルース」もそうだが、長崎の歌には思案橋や丸山の地名がつきものである。「長崎は今日も雨だった」にも丸山は出てきて、愛しい人を〈さがし さがし求めて ひとり ひとりさまよえば〉と石畳の道を歩いたり、〈夜の丸山たずねて〉みるが見つからず、〈どこにいるのか教えて欲しい 街の灯よ〉と嘆くのである。この歌は、水商売の女性を探しあぐねて嘆いている歌なのである。普通の生活をしているなら幸せでいてくれていればいいと遠くから願うだけだが、水商売ならそこから救ってやりたいと使命感のようにも感じて懸命に探すのである。だが、街に隠されるように女性はどこかに消えてしまうのである。

 長崎は今日も雨だった」を聞いて長崎に来る観光客は、何かを〈さがし さがし求めて ひとり ひとりさまよ〉うのであろう。観光においても、欠けている何かを探そうとすることが、そこに引き寄せる力になる。

 

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 「ホステス探しもの」の歌の源流はどこにあるのだろうか。戦後まもなくヒットした「上海帰りのリル」(作詞、東條寿三郎、一九五一年)という歌がある。上海から帰って来たリルを〈探して歩く〉というものである。噂では、リルは〈ハマのキャバレーにいた〉という。これは、ヨーコという娘を探して〈ハマから流れて来た娘だね〉と歌う「港のヨーコ」へと直接つながっていく歌だといっていいだろう。

 「上海帰りのリル」は、戦前にヒットした「上海リル」のアンサー・ソングである。「上海リル」は昭和八年のアメリカ映画『フットライト・パレード』の主題歌を日本語でカバーしたものである。唄川幸子が歌い、ディック・ミネほかも歌い競作となった。「上海リル」にはいくつかの訳詞があるが、かつて上海にリルという素敵な目立つ女性がいたという、リルを称賛する歌であることは共通している。唄川幸子やディック・ミネが歌う服部龍太郎版と津田出之版の訳詞は、いずれも今はもういないリルをあちこち探しているという内容で、原詞に近い。

 歌詞→http://www.kget.jp/lyric/298852/上海リル_ディック・ミネ

 戦前、上海には各国の共同租界、フランス租界があって、モダンな建築が立ち並び東洋のパリと呼ばれたが、一方で、賭博場、阿片窟、ダンスホール、妓館などが密集し歓楽街を形成しており、恐れと憧れから魔都とも称された。その上海という魅惑的な街が生み出した幻影のような人物がリルなのかもしれない。そもそもこのリルというのは人名というより英語の ‘little の省略で、「いとしい人」という意味の little darling であろう。最近でもヒップホッパーの名前に「Lil」をつけたものが多い。

 「上海帰りのリル」は〈どこにいるのかリル だれかリルを知らないか〉と歌い、「上海リル」にある「探す要素」をさらに発展させている。上海界隈にいたときさえどこにいるのかわからなかったのに、混乱のなか外地から引き揚げてきた大勢の中のひとりということならよけいわからなくなるだろう。

 先に「北の旅人」で〈いまでも〉とあることから、居なくなって探しはじめるまでにかなり時間が経っていると書いたが、「上海リル」も「上海帰りのリル」も、リルは思い出の中の人であり、探している今は居なくなってから時間が経っている。この時間のズレも「ホステス探しもの」の特徴の一つである。居なくなってすぐに探し始めれば簡単に見つけることができるが、時間がたっているからなかなか見つからないのである。

 「上海帰りのリル」が大ヒットしたせいでリルものがいくつも作られた。「リルを探してくれないか」「心のリルよなぜ遠い」「私がリルよ」「私がリルの妹よ」「私は銀座リル」「霧の港のリル」などがある。「リルを探してくれないか」は探す要素がされに強調され、「心のリルよなぜ遠い」になると半分あきらめており、「私がリルよ」では消えた本人が自ら名乗り出てきた。リルが固有名として扱われることで物語がふくらんでいったのである。

 「ホステス探しもの」の歌が成立するには、盛り場を流浪する女と、その女を探す流浪する男が必要である。流浪する男については「逃げることはかっこいい」という項でさすらいの歌としてふれておいた。では流浪する女はどこから来たのか。流浪する女を大量に生み出したのは戦争である。「上海帰りのリル」も戦争に関わる歌で、リルは〈ひとりぼっち〉で日本に帰って来た。帰ってきても頼れる家族はいそうもない。この歌は、終戦直後に、女性が一人で生きていこうとしたらどうなるかということを歌っている。

 リルは横浜のキャバレーで働けたようだからまだいいほうだろう。生きるために街娼となった女性を〈こんな女に誰がした〉と歌う「星の流れに」(作詞、清水みのる、一九四七年)のほうが悲惨である。満州奉天から引き揚げてきた女性の手記を読んで書かれた歌詞だというが、「星の流れに」の女性には、その身を案じてくれる男はいなさそうだ。むしろ自分のほうが、飢えてどこかにいるであろう妹を心配し、また母に会いたいと嘆いている。ただ、夜の女に落ちても、誰かに救い出してもらいたいという期待はない。

 流浪する女の歌に「カスバの女」(作詞、大高ひさを、一九五五年)がある。カスバはアルジェリアの首都アルジェの市街地にある。起伏の大きい地形に家が密集し、独特の景観を形成しており、世界遺産になっている。アルジェリアはフランスの植民地だったが、第二次大戦後の民族自決の流れの中で、一九五四年に独立のための武装闘争が起こり、六二年に独立が決定した。「カスバの女」は、花の都パリで〈踊り子〉をやっていたが、〈地の果てアルジェリヤ〉に流れてきて、今は〈夜に咲く 酒場の女〉になっている。

フランス外人部隊の本部はアルジェリアにあり、先に述べたアルジェリア独立戦争などでも活躍した。歌にも〈外人部隊〉が出てくる。客の〈外人部隊〉の兵士に惹かれたが、〈明日はチュニスか モロッコか〉と流れてゆく兵士との恋は〈一夜の火花〉と諦める。去りゆく後ろ姿に流浪の我が身を重ねている。「上海リル」はアメリカ映画の主題歌だったものだが、「カスバの女」の歌詞はフランス映画『望郷』がネタ元である。ただこの歌は外国が舞台ではあるが、聞き手は、よく知らないパリ/アルジェリアを日本の東京/地方に置き換えて聞いていただろうことは想像に難くない。

 

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 これまで、いささか古い歌ばかり見てきた。では現在、「ホステス探しもの」はどこへ向かっているのか。

 今では、水商売の世界に入ることについて苦界に身を落とすといったイメージはなく、逆に、華やかさ、高給、女性の自立といったイメージに変化してきている。二〇〇〇年代後半であるが、女子高生のなりたい職業ランキングにキャバ嬢が入ったことが話題になった。性的要素は水商売という仕事とは切り離せないが、それは忌避されず、経済的な側面がもっぱら重視される。水商売はもはやそこから救い出されるべき場所ではない。むしろ、つきまとわれるのはお節介だし、辞めさせられるのは迷惑なのである。

 それを歌っているのが、鼠先輩の「六本木~GIROPPON~」(作詞、松嶋重、二〇〇八年)である。

 歌詞→http://j-lyric.net/artist/a04df63/l00dc88.html

 探される女性の視点から描いており、岡山県から東京に出てきて六本木で水商売をしている女性を〈昔の男〉が追いかけてきたが、気味悪がられ、汽車(電車)に乗って〈帰りなさい〉と冷たくあしらわれるという歌である。これも「ホステス探しもの」の一変形といっていいだろうが、女性は都会に慣れつつあるのに、そこに〈昔の男〉が現れるのは迷惑なだけである。女に会いに上京した男は哀れなピエロで、そのためコミカルな中に上京ソングの哀愁を兼ね備えた歌になっている。求められていないのにひょっこりやってきて挙げ句後悔するというのが今のリアルなのである。

 この歌では、人の移動は周縁ではなく中央に向かい、女性は場末の薄暗い酒場ではなくきらびやかな〈都会のネオン〉と衣装に包まれている。水商売は短時間で高給を稼げる憧れの職業であり、周縁性に親近な落魄した姿はそこにはない。

 女は〈きっと 今でも愛してるのよ 気持ちゆらゆら〉とはいうものの、すでに〈六本木の夜に 慣れ始め〉ており、男は〈昔の男〉になっている。この歌の〈今でも愛してる〉というのは、先に見た「北の旅人」の〈いまでもあなたを 待ってる〉を思い出させる。〈今でも〉というのは、相手にどのていど気持ちが残っているのか判断を間違えると道化になりかねない危険な言葉なのである。

 この歌は、探している対象にたどりついたときにどういう扱いを受けるかということをユーモラスに描いている。相手の気持ちを都合よく推測してそれを頼りに行動すると惨めな結果になるということを教えている。多くの「ホステス探しもの」の歌がいつまでも相手にたどりつけない理由はここにある。たどりつかないほいがいいのである。たどりつかずに妄想を描いているうちが幸せなのだ。現実を知ると、すごすご帰路につくことになる。実はそれは昔も今も変わらないのかもしれない。

 ところで「六本木~GIROPPON~」がヒットしたのは言葉遊びの楽しさもあるからだろう。なんで〈ぽっぽぽぽぽぽぽっぽ〉を繰り返すのかと思ったら、〈汽車ぽっぽ〉や〈鳩ぽっぽ〉にかけているのであるが、その〈ぽ〉は、六本木(ろっぽんぎ)の〈ぽ〉を展開したものなのだろう。〈っぽん〉は、〈ぽん〉の前に促音をつけて強く弾む音にしていて、口にすると気持ちいいのである。

 最近の歌をもう一つあげておく。ゴールデンボンバーの「水商売をやめてくれないか」(作詞、鬼龍院翔、二〇一六年)という歌は、タイトルどおり、男が付き合っている彼女に水商売をやめてくれと頼むもの。水商売をやめて、男の地元に帰って一緒に暮らそうという。女のほうにはそんなつもりはない。この歌はその率直すぎるタイトルや歌詞の内容からして「あるある系」のパロディとして書かれたものだろう。

 この歌では、男は女を探すまでもなく、すでにその女の近くにいる。「六本木~GIROPPON~」もそうだが、居場所はわかっており、探すという過程は重要ではない。苦労して探そうと、すぐ近くにいようと、結果は同じである。今や肝心なのは、そのつもりがない女に、その仕事をやめさせることである。探すより、翻意させるほうが大変なのである。水商売の仕事の捉え方は女のほうは変化しているのに、男のほうは昔のままなのである。

 桑田佳祐の「若い広場」(作詞、桑田佳祐、二〇一七年)は、〈愛の言葉をリル〉と始まり「上海リル」に始まる「リルもの」の痕跡を示しているが、昔を懐かしむことが主で、〈あの娘(こ)今頃どうしてる〉と気にはするものの、探すことはしない。過去の人に拘るしつこさはなく、〈明日誰かが待っている〉とあっさり気持ちを切りかえている。他人に対するこの淡白さが、今の時代のカッコよさなのである。

 人を探して見つけ出そうとするのは、その人の人生に積極的に関わろうとすることだ。探されるほうがどう思っているかわからないのに他人の人生に介入するお節介は個人主義の時代には嫌がられる。それは「六本木~GIROPPON~」や「水商売をやめてくれないか」のように滑稽を演じることにになる。「ホステス探しもの」の歌は今の時代には合わなくなっているようだ。